56 絶句再び
マシルはフルールと入室するとすぐに、騎士の誓約にサインをさせられた。それは、これからする話がどれほど重要かを意味する。他言無用を遵守するということになり、それを破った者は部署変えを食らい、一生騎士団から離れることはできない。つまり、一生監視の身となるのだ。
話に聞いたことはあるが、まさか自分がそれにサインすることになるとは思わず、一瞬マシルはたじろいだ。
動揺から隊長であるリリックをつい見てしまう。そこには無表情ながらも早くしろ、と少しイラつく顔がある。
年こそリリックの方が下だが二人は同期で、入隊からずっと同じ移動を繰り返している。うっかりその顔に見惚れてしまうこともあるが、マシルが距離をつめることがないからか、リリックの中では一応同僚として接してくれている。
そんな距離感でいたから、基本無表情のリリックのちょっとした変化も見てとれるようになっていた。
ここに呼ばれたということは、それなりに評価してくれているのだろう。
リリックの冷めた表情に助けられた。
そんな気持ち程度かと思われたくない。
スッと動揺が消えたマシルはペンを走らせた。
そこからは、驚きの連続だった。先ほどの動揺はきれいさっぱり嘘のように吹き飛んだ。
えっ? この子が有事体制を取らせた張本人?
えっ? この子がこの絵を描いたの?
えっ? こんなかわいい子が覗きしてたの?
指令の質問に驚き、その答えにも驚く。
えっ? のオンパレードだ。
なんなのこの謎解きめいた会話。
どこかで聞いた感想である。
質問に質問で返しているようで、それが答えのようで、答えかどうかも考えなくてはならない会話など頭が痛くなる。
腹の探り合いではなく、双方、本気で相手の言っている意味が分からないようだ。
「尻を描いたのはなぜ?」
「せっかくの上半身がもったいないからです」
「もったいないとは?」
「そのままです。司令官様は子どもの頃『合わせ絵』遊びをしたことありますか?」
「ああ、かろうじて記憶にあるな」
「その時、絵を一つも合わせずにそのままにしましたか?」
「いや、それはないな。最後の絵まで合わせたな」
「それと同じです。目の前にあるものを合わせただけです」
「同じ……ではないよな?」
司令、心の声もれてます。
もはや会話にならない事を悟ったのか、司令は何気ない顔で気を取り直し、次の質問へと移った。
「うおっほん。では、絵のとなりに書いてある動きや古傷などの特徴は誰かに何かを示す為か?」
「示す? いえ。自分でわかりやすくするためです」
「なにをわかりやすくするのだ」
「カラダです」
「カラダ……?」
「はい。名前がわからないので……」
「…………」
言葉が出ないとはこの事だろう。
さすがの司令も、返しようがないのか、返す気がないのか、言葉を探しているのか、沈黙が続く。
その時、ふんっ、となぜか得意そうな、勝ち誇ったような顔をした者がいた。
隊長、なぜそんな優越感を露わにするのですか?
「あー、実際にやってもらってもいいだろうか?」
「絵を描くことをですか?」
「そうだ。何か必要なものがあれば言ってくれ」
「はい。ありがとうございます。では大変恐縮ですが服を脱いでください」
これに男二人は固まった。
どこまで脱ぐことを想像したのだろう。まさか尻までか。
この子大物だわ。司令と隊長に脱げとか、陛下でさえ言えないと思うわ。
いや、それよりも必要なものは裸体なの? それじゃなきゃダメなの?
「……はあ、フルール上だけでいいか?」
しょうがなしにリリックが犠牲になるようだ。まあ、自分の婚約者だ。そうなるわな。
だが!
「司令、失礼します。申し訳ありません。隊長が脱ぐのであれば席を外しても宜しいでしょうか」
「いや、それは困る。なんのためにお前を呼んだと思ってる。婚約者とはいえ裸の男と同室で、どう考えても今が一番お前が必要な時だろ」
まあ、そうですよね……。
「では、別の者を呼んでください。正直、男として見ていなくても至近距離での隊長の体は目の毒です」
「そんなにハッキリ言う程にか?」
「はい、まだ毒を直接飲んだ方がマシです。解毒剤がありますから」
リリックのこめかみがピクリと動く。
──人を有毒扱いしやがって!
「……わかった。では許可しよう」
そして同じように誓約のサインを強いられたバートが入ってきた。
ハンナがいう通り、フルールの引きはどこまでも強い。
赤髪の有望株の新人騎士だ。フルールの恋煩いの腹部を持つ男である。
そしてこの後、バートが生贄となり、上半身を脱いだところで乱入者が飛び込んできた。




