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55 カタチになった想い


 そこにはフルールと向かい合う半裸の男が立っていた。


「なっ、なんで裸の男が? フルール大丈夫か? なにもされなかったか!」


「大丈夫だ。お前の娘は検証をしていただけだ。まったくお前は、頭はいいくせに早とちりはするわ心配性だわ、変わってないな。このオレが管轄する騎士団において危険なことなんてあるわけない。それに婚約者もいるのだぞ。安心しろ」


 本当だ。よく見れば半裸だが騎士だ。それをフルールが凝視している。


「ああ。ということはフルールの写しが始まってるんだな」

 では、この赤毛の騎士は生贄といったところか。

 落ち着きを取り戻した伯爵は状況を把握した。

「写し?」

 それはなんだ? とでも言いたげな顔のギリアン。


「今、目の前でやってるだろ。じぃっと見て目に焼き付ける時間のことだ。これを『写し』と呼んでいる。見てすぐに描ける時と、かなり凝視しなければ描けない時があるらしい。スケッチブックに向かうと、目に焼き付けたものが線となってが浮かんでくるそうだ。それをひたすらなぞる。そうして出来上がったのが、もう、目にしたんだろ? その絵だ。この子は何というか、親でも理解がむずかしときがある。今がまさにその時だ。何回か聞いたのだがな、情けないことにそれでも半分もわからない。天恵……とでもいえるものなのかもしれないが、それを隠したかった本当の理由は、──誰かに道具として使われるかもしれないと思ったからなんだよ。騎士団で有事をとったということはそうなんだろ?」


「ああ、これは軍事機密を暴けるほどの能力だ。殺気を放たず注視を高め、その者の細かいところまで記憶し描き起こす。とんでもない力だ」


「やはりな……。最初は本当に宝の持ち腐れだと思っていたよ。それこそ国のためにと笑いながら話していたこともあった。もっと早くに……領地にいたときにそれに気づいたら帰って来なかったが、そこに至ったのが──事もあろうにスケッチブックを無くしたあとだったんだ」


「馬鹿だなおまえ。そういう時こそ相談しろよ」


「ああ、本当にな。でもあの時はいっぱいいっぱいで、目の前にぶら下がった人参にしか目がいかなかった。どんなに胸が痛もうと、欺いたとして後に命が取られようと公爵家に預けたかったんだ。内に入ってしまえば私兵もいる。あそこが一番安全に見えて。リリック殿。すまない。だから……この話はなかったこ、」


「お断りします。この婚約は婚姻まで繋げる。白紙にはしない。おれはフルールを他の男にやる気はありません。今後どんなことがあっても必ずフルールを守り抜きます。だから撤回など口にしないでください。お義父上(ちちうえ)

 リリックがいつになく厳しい声で伯爵の言葉を遮った。

 リリックは伯爵の言葉を聞いて、何故かひどく悲しくなった。怒りも湧いた。


 フルールの口から縁を解消と言われた時も苦しくなった。平民に嫁ぐ選択肢もあったと聞いた時は、何に対してかわからない怒りが湧いた。ガロンをねめつける自分がいたことも自覚している。

 昨日から、いや、もしかしたらもっと前から、よくわからない感情が度々滲み出ていたが、それが今はっきりとカタチになった。

 これが──愛しいという気持ちか。

 それと同時に胸が痛くなる。

 他の男の裸を凝視して、リリックの二度目のプロポーズが聞こえていないフルールに対する胸の痛みでもあった。

「……リリック殿、ありがとう、ありがとう。こんな厄介な娘を……本当にありがとう。改めて、フルールをよろしくお願いします」

「一生かけて守り抜きます」

「いいもの見れたな。まさかリリックの口から女の為に尽くすという言葉が出るとわ」

「司令、茶化さないでください」

「すまん、すまん」


 控えの間に伯爵を待機させたのはリリックの案だ。ナート家の様子を見る限り、企ての気配は見えないが、それでも小さな何かを隠している節がある。ここまできた以上、聞けば教えてくれるだろうが、包み隠さず話したくなる状況を作れば手間が省ける、という目論見の配置だった。しかしまさかリリック自ら自分の策に突っ込んで行くとは思わなかった。


「してその娘さん微動だにしないが大丈夫か?」


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