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54 伯爵の乱入

 

 ナート伯爵が目を開けるとそこには知らない天井が映った。

 起き上がろうと頭を上げれば、体が不調を訴える。そして思い出す。

 もしやここは……。

 伯爵の気配に気づいたのか、扉がノックされ、入室を促すと場所が確定した。現れたのは公爵家の執事であるハロン。


 あー、やっちまったか……。

 頭を抱える伯爵に、よろしければと二日酔いの薬が出された。

 失態に抱えた頭を二日酔いだと思われたようだ。

 しかし、二日酔いもないわけではない。記憶が曖昧になるほど飲んだのは久しぶりだ。


 途中までは覚えていたが、夫人の言葉を聞いてから後がうやむやだ。デビュタントの用意を公爵家が買って出て()()()しまったせいだ。そのせいで飲み過ぎてしまった。


 婚約者のリリックではなく公爵夫人自ら出たのだ。その場には公爵もいた。これはリリックの手伝いなどという軽いものではなく、公爵家としての見せ場なのだろう。なんらかの思惑があるとはいえ、ここまでしてくれるのは有難いが、しかしなんと言えばよいものか──まるで鷲にねらわれたウサギのような気分になる。


「朝食に軽いものを用意してございますが、お召し上がりになりますか?」

「いや、気持ちはありがたいが、帰ってからとるよ」

「畏まりました。ではこちらを。フルールお嬢様からお渡しするようにと預かっております」

 フルールから?

 なんだ?

 読んだ伯爵の心は灰になった。

 あー、おわった。本当におわった。


 公爵とその夫人に失態を詫び頭を下げると、脱兎のごとく帰路についた。そして息つく暇なく、取るものも取り敢えずフルールの後を追った。


 フルールの手紙には直接司令官と会って、スケッチブックのことを説明してくると書いてあった。謀反でもないし、他国に売るためのものでもないと釈明するために。




 ──バタン!

 司令室の扉が大きな音とともに開き、男がひとり飛び込んできた。

 男は、扉近くの騎士に捕らえられながらも、そのままの態勢で勢いよく口を開いた。




「ギリアン! 聞いてくれ! フルールは、この子はなにもしていない。反逆など頭の隅にもない。本当だ。あるのは男の裸ばかりで、その能力をその為だけに使ってきた。証拠になるなら領地にあるスケッチブックも提出する。そこに書かれているのは領地の男ばかりだ。この国の機密などという大それたものではない。ただの農民だ。本当なんだ聞いてくれ。わしらは、家族はこんなことが明るみに出れば娘たちの嫁ぎ先が消えてしまうと思い隠してきた。誰にも知られてはいけないと領地に籠り、頃合いをみて王都に帰ってきたが、もし婚約者が見つからない時や、この悪癖が晒された時は、この子は平民として生きていけるようにしようと、小遣いをやり、その金銭感覚も養わせた。しかしリリック殿との婚約が決まった。決まってしまったんだ。悩みに悩んで、だが本当のことはいえず、そんなにこの子を気に入ってくれるのであれば、痴女でも受け入れてくれるのではないかと、そんな気になってしまった。リリック殿申し訳ない。しかし、あなたの母上が言っていたように、親と言うものは子がかわいい、愛が育たない事はあれど、それでも心地よい家庭を持ってくれるのならと、そのとき悪魔が囁いたのだ。だからこの際小さきこととして、貴族の婚姻の些末なものとして貰ってもらえはしまいかと考えてしまった。隠していたのは謝る。この通りだ。すまん。本当にもうしわけない。だが謀反など企んでいない。他国にこのスケッチブックを売るなどとんでもない。ただ娘のことを思ってしたことなんだ。ほんとうだ信じてくれ。ギリアン」



 ──騎士団の詰め所で、司令官に用があると告げれば、取次が案内してくれた。

 何度か来たことのある控えの間。その扉の奥に娘がいると聞かされ、待たされる。中から洩れる声に聞き耳を立て、居ても立っても居られずウロウロと歩き回り、話し声が止んだところで、伯爵は痺れを切らして飛び込んだ。


「ああ信じるさ。他でもないお前の娘だ」

 勢いよく飛び込んできた男の独白が終わると、司令官ギリアンが呆れた笑みを浮かべた。

「友よ……ありがとう」

「えっ二人はお知り合いだったのですか?」

 マシルは伯爵を捕らえたままキョロキョロと両者を見る。

「ああ、学生時代の親友だ」

 へたへたとへたり込むナート伯爵の腕をとり、ギリアンはソファーへ座らせた。

「だから、末娘が生まれてから付き合いが悪くなったのか」

「すまない。君を疑うつもりはなかったが妻がかなり疲れてしまって、さすがに君でも言えなかった……。でもすっきりしたよ」


 伯爵は出されたお茶を飲み干すと、ふう、と息をつきやっとフルールに目を止めた。

 異様な光景と共に。


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