53 マシルの見解
「おい! 聞いたか?」
「聞いた! 聞いた! 有事解除だってな」
「いやそれじゃねえよ。まあそれもだが、隊長がすんげえかわいい令嬢をエスコートして司令室に入ったらしいぜ」
「まじかよ! 噂の恋人か最近できた婚約者か、どっちだよ」
「だれが聞けんだよ、んなこと」
「誰か知ってるやついねえのかよ」
朝一番で有事体制を解除するとの知らせが城内を巡った。そして時を置かずしてリリックが令嬢を連れだったとの一報が、一瞬で、先の知らせを掻き消した。
「──して、リリック。お前の婚約者が事の発端だと?」
「はい。この度はご迷惑をおかけして誠に申し訳ありませんでした」
「上っ面の言葉で、とんと思ってない顔されてもなあ。いつから隠してた」
「そのようなことはありません。考えすぎです」
「まあ、問題ないことがハッキリしたのであればそれでいい。では形式的な聴き取りから始めるか。それと、婚約者同席とは言え女性一人に男二人は無しだ。マシルでも呼んでおけ」
「お気遣いいただきありがとうございます」
「なあに、そのうち返してもらうさ。マシルが到着したら始めよう」
「では、すぐに。既にマシルを彼女に付けています」
こいつ全く悪いと思ってねえなあと司令は思ったが、でもそれがこいつの良いとこでもあるんだよなあ、とも思う。
効率重視なリリックの動きは剣運びにも出ている。その全てを加味して、リリックを団長に押したのは何を隠そうこの司令だった。
筆頭公爵の息子に団長など、虎に翼だと、権力の集中を危惧する声も上がったがそれを一蹴しての抜擢だった。そんなことを知る由もないこの男は思った以上の働きをしてくれている。
第二騎士団は特殊だ。
近衛隊長が団長を兼任しているように見えるが逆で、団長が近衛隊長でもあるのだ。
見て見ぬふりをしているだけで本当は本人たちも気づいていただろう。
どう考えたって団長の器を重視するのが先だろう。
苦笑しながらも司令が「呼べ」とひとこと発すれば、気安い空気は消え、法の場であるからして静粛に、とでも誰かが言い出しそうな場へと空気を変えた。
無表情を崩さないリリックだが、心の中ではフルールが怖がらないか心配だった。
──ねえ、なにこの子。すんごく可愛いんですけど。
そのマシルは目を真ん丸にしている。
ナート家のお嬢様ということは、隊長の婚約者ってことだよね。間違っても恋人……ではなさそうね。
「フルール・ナートと申します。この度はお手数をおかけしますがよろしくお願いします」
とんでもなく金がかかっているだろうなあというドレスを着て現れたフルールに、先ほど挨拶を受けたマシルは色々いろいろ混乱している。
リリックに呼び出されたと思えば、この子の面倒をみろといわれ、二人っきりで放置。どういう理由でこの司令室の控えの間にいるのかも知らない。
「ま、マシル・ルランです。隊長からの任命を受けここにおります。御用の際はなんなりと」
「ありがとうございます」
ねえ、ほんとになんなのこの子。確か伯爵家の息女と聞いたけど、侯爵家のあの方たち、ステラド様にもビアンカ様にも引けを取ってないじゃない。流れるような礼。この会釈ってこんなに簡単にできるもの?
マシルも下位とはいえ一応男爵家の令嬢だ。今フルールがした中途半端な時に使う、中途半端なおじぎにはそうとう苦労した口だ。だから騎士になったという訳でもないが、騎士になって解放された煩わしいことのひとつに、このおじぎも入っている。一番は断トツで結婚だ。
あの方たちがこのまま黙っているとは思えないけど、この子ならもしかしたら──。
マシルにそう思わせる何かをフルールが秘めているように見えるのだとしたら、このような堅苦しい、場違いなところでも物怖じしないこの態度がそう思わせるのだろう。
フルールはただただリリックの教えに従って大人しくしている。もっとも、突拍子もないことをするが、だからと言って活発というわけでもない。目標物(好みの男)が絡まなければ至って普通の令嬢に見える。
しかもあの方たちと違ってアクがなく爽やかだわ。その分隊長と並ぶと薄いけど、それがまた儚く見えて、美男美女というよりも『麗しの令息と儚げな美少女』って感じで物語性がうまれる。とんでもない子見つけたわね。これは確かに公爵家が望んだと自ら豪語するだけあるわ。
フルールが騙しているのではないが、その見た目で勝手なイメージを抱いてしまってはあとのことが心配である。
この後の立ち合いでマシルが今まで培ってきた人生観は覆されることになるのだから。




