47 公爵家の本気
「フルールちゃんいらっしゃい。どう? この中で好きなものは見つかりそう?」
案内された場所は色の洪水が起きていた。フルールが知る色から、始めてみる知らない色まで。生地見本から太物まで。ありとあらゆる生地がホールに集結し所狭しと並んでいる。
「母上、これは一体……」
「フルールちゃんのデビュタントに合わせてドレスを作るのよ。その生地選びよ」
「フルール、きみは来月のデビュタントだったのか?」
「あら、リリック、あなた知らなかったの?」
「……それはすまないことをした。急ぎ準備をしないといけないな」
ポカンとしたフルールをよそに話が進んでいく。
「いえ、あの、うちでも用意してくれているので……」
「それは伯爵が了承くださったわ。だから大丈夫よ。存分に公爵家の腕を見せられるわ」
そこからのフルールは、剥かれ、磨かれ、揉まれ、おおよそ公爵夫人がしている夜会前の全ての行程をマッサージまで込みでされた。
ここまでしてようやく採寸開始だ。フルールが両手を上げたり下げたり、横に伸ばしたりと忙しない指示に従い、傍らの針子たちが採寸し記録する。その間にも別の針子が生地をあて色を見ている。息つく暇もない。フルールも貴族令嬢の端くれにいる。採寸すること自体はままあるが、ここまで忙しい採寸は初めてだ。
目まぐるしい採寸にも驚いたが、さすが公爵家だと驚いたのは、指の長さや首回り、足の甲の高さ、ありとあらゆる、もう測ってないところはないと言い切れる程、フルールの体をフルールが知るより詳細な数値で記録された事だ。
日は傾きもうお暇する時間だと思うが……。
さすがのフルールでもそれを言い出せないほど、針子たちの熱量は、高く、熱く、揺るぎなかった。
その結果、公爵家にナート親子の部屋が用意され、夫人から針子たちへ金一封が出された。
そうやって用意された、いろいろ詰まった結果としてのお泊りである。
べろんべろんになった伯爵が戦陣切って世話になると、フルールもついでだからと部屋を用意され、流れるように食堂へ案内され夕食を頂き、今、食後のお茶をリリックと飲んでいる。
場所を移した部屋はサロンのようだが、パリッとしたいかにも客をもてなしますという感じではなく、家族団欒のための部屋なのかなと感じとれるような、どこか柔らかい空気が流れていた。テーブルも、部屋の真ん中にドンではなく少しずらした位置にあり、そこに、磨き込まれた木製の丸テーブルが置かれている。ソファーはゆったり座れる一人掛けだ。
リリックとふたりテーブルをハの字に囲んでいるフルールの前には、アップルパイのデザートが用意された。
ハヤブサを連れ出したあの日、馬上のリリックの腕の中で、フルールは子どもの頃のアップルパイ事件を話した。領地の事は話してはいけないと言われていたけど、この時ばかりはハンナも許してくれそうな気がして、──それでも今もアップルパイが好きなこと、ハヤブサとよく遊ぶこと、そして今回の騒動は、その時のハヤブサとした約束を実行に移したかったからなのだと。
フルールがリリックに聞かれることなく自分の事を話したのは初めてだった。
リリックがそれを覚えてくれていての、アップルパイのようだ。
「親子ともどもお世話をおかけしてもうしわけありません」
「いや、こちらこそすまない。父上も母上もやり過ぎだ……」
リリックが言うやり過ぎとは、伯爵に酒を飲ませ過ぎた事と、フルールの拘束時間が長すぎた事だろう。
肩をすくめ呆れ顔をする姿のリリックはめずらしい。ここが自分の家だということもあるのだろう。いつもよりリラックスしているように見える。
「どうした? なにか楽しいことでもあったか?」
小さく笑ったフルールに目を細めるリリック。
「いえ、リリック様のめずらしいお顔が見れたのでつい」
そしてまたフルールが笑う。
その笑顔がにっこりではなく、ふわりだということに気づいたリリックは少しそわそわして、今度は急所である胸を突かれたような、パシンと何かが当たったような。
これも、得も言われぬはじめての感覚だった。
これから聞きたい事は、はたして、こんなに穏やかな中で話していい内容なのだろうか。今のこの空気を壊してまで、スケッチブックのことを持ち出すのは忍びないとリリックは思う。
裏を返せばこのままフルールの笑顔を見ていたいのだ。
この穏やかな時間に浸っていたいが、今日を逃すとゆっくり話をする時間が取れるのはだいぶ先になる。これ以上この件を棚上げしとくのは、さすがにまずい。
すでに剣術大会まで開いている。このままでは、また何かおかしなことを始めないとは言い切れない。
リリックはゆっくりと口を開いた。




