37 解けた謎
「ガロン、急ぎナート家に報告してくれ」
「御意」
先ほどの兵士が馬上から返し、リリックに従い走り去る。
さすがにフルールがそれを目で追うことはなかったが、ハヤブサは走り去るその後ろ姿に、しきりにヒンヒン鳴いていた。
「あの、リリック様、これは一体……」
突然現れたリリックに事の成り行きがわからず見守っていたリュイだが、躊躇いがちに声をかけた。
「ああ、リュイか。婚約者が世話になったな。ナート伯爵家のフルール嬢だ。保護してくれていたのがお前で助かった」
世話になりついでと言ってはなんだが、と言ってリリックはその馬に乗って一緒にナート家に来てくれるようリュイに頼んだ。
「フルール嬢はこんな様子だし、馬は興奮冷めやらぬで、今のフルール嬢に手綱を握らせるわけにはいかない。だからすまないが……」
鍛冶屋と騎士は切っても切れない縁でつながっていて、団長クラスは鍛冶職人を網羅している。その中でも、エーデル公爵家の剣を任せているこのリュイは、リリックにとっては一番馴染の鍛冶職人だった。
今リリックが携えている剣も、リュイが打ったものだ。
二人は上下の関係というより、より良い剣を作るための同士といった方が似合いの、打ち解けた関係だった。
「礼にはおよびませんし、わたしで良ければハヤブサを送り届けます」
さっきまでとは打って変わって、しょんぼりとしたフルールがリリックに支えられるように立っている。
「その馬はハヤブサというのか?」
「はい、先ほど教えてもらいました」
な、ハヤブサ、とでもいうようにリュイはハヤブサの首元を先ほどのように撫でるが、どうにも自分を呼んだ男に意識が向いたままのようだ。
「フルール嬢が乗っていたのか?」
リリックの中では、フルールとその馬の組み合わせがどうにもピンとこない。
「ええ、息ピッタリに乗りこなしていました。しかも馬の知識もきちんとあり、毅然と馬を宥めるときも見事でした」
今目の前にいる馬は、離れていったガロンをしきりに追いかけたい様子で、すこし興奮気味だ。フルールの言うことなど聞かなそうだが、どこら辺が見事なのだろうとリリックは首をひねる。
「先ほど馬にりんごをやったのですが、もっとくれという馬を、即座に宥めたのです」
「ほお」
確かに馬の餌は一気にやってはいけない。馬体と人体は見るからに違うのだ、その中も違って当然。馬の欲しがるままに餌を与えれば、体を壊す。デリケートな馬なら、知らない場所では特に注意が必要だ。
──そんな知識を持っているのか。
リリックはまた一つ、フルールのことを知れた。
かわいそうな程しょんぼりとしてしまったフルールは、ハヤブサをリュイに任せ、自身はリリックに抱きかかえられるように、共にリリックの馬に乗った。
軍馬でとても大きく、ハヤブサより視界が高い。フルールはそれに少し驚いて、リリックに気持ち体を寄せる。
「どうした? 怖いか?」
体を寄せたフルールを包み込むように座らせ、リリックはそっと声をかける。
「ちょっとだけ。目線がハヤブサよりも高いので……」
──その言葉に思考が殴られた。
……そうか。
目線だ!
目線の高さだ。
背丈が違うのだから、当たり前なのに、なぜそこに至らなかったのだ。
だからあのスケッチブックの視点にはならない。
だから尻が見えない。
落ち込んだフルールを前にしてなんだが、なんとも心が急いてもどかしい。
今すぐ検証に行きたい。
フルールがスケッチブックの持ち主だと確信しているが、実際のところ物証もなく、検証も出来ていない。この確信の裏付けが欲しい。より確かなものにしたい。
リリックはあれからも、何度かあの席に座ってみた。座ってみたもののなんの収穫も得られず、かといってフルールに聞くことも躊躇していた。
これさえ解ければ後は顔の謎だけだ。
いや、尻がなぜあんなに鮮明に描かれていたのかそれも気になるが……まあ、うん、それよりも顔だ。
なぜに顔無しなのか大いに気になる。
こればかりは本人に聞かねばわからない。
今すぐにでも答え合わせをしたいが、逸る気持ちを押しとどめフルールの様子をみながら馬を進める。
怖がる様子はないと感じ、少し速度をあげることを伝え、自分のジャケットをフルールに被せた。
「リリック様?」
もう少しで目抜き通りに出る。
常に注目を浴びるリリックだ。
一緒にいるフルールに嫌な思いはさせたくなかった。
「もう暗くなったから、あまり見せたくない光景も見えてくる。そのまま暫く大人しくしていてくれると助かる」
フルールはジャケットの下でこくりと頷いた。
フルールとハヤブサが通ってきた問屋街。その道が一番早いのはリリックも分かっているが、あの道は夜になると艶やかになる。そんな中フルールを連れて通るわけにはいかない。かと言って騒がしい目抜き通りを回避するとなると、とんでもなく時間がかかる。
時間を優先し、自分にとっての不都合よりも、目抜き通りを選んだ。
「フルール! このバカ者が!」
「あなた、リリック様の前です。落ち着いてください」
「リリック殿、この度は本当に申し訳ありません。公爵家の私兵まで出していただいてなんと申し上げればよいか……。本当に、」
「よしてください。フルール嬢は私の婚約者です。なにかあれば手を貸すのは当たり前です。私も気にしていませんし、本当に無事でなによりです。フルール嬢もとても反省しています。今回はその私兵に免じてあまり叱らないで下さい」
送り届けたリリックは、家族との対面を果たしたフルールを見てホッとした。
「リリック様。あの、本当にありがとうございました。考え無しのわたくしのせいで、多大なご迷惑をおかけし誠に申し訳ございませんでした。公爵様への謝罪は改めてお伺いいたします。その旨何卒よろしくお伝えねがいます。本日はお疲れのところ、本当にありがとうございました」
フルールは心からの謝罪とお礼を口にした。
「フルール嬢。こちらの事はそんなに気にしなくてもいい。だがご家族にはきちんと説明して、心配させたことを謝ったほうがいい。公爵にもフルール嬢の言葉は必ず伝えるから大丈夫だ。では、後日」
くるっと背を向けリリックは帰っていく。
その姿をフルールは、見えなくなるまで見送った。




