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33 注視

 

 はじめは目的があってフルールに近づいたリリックだが、行動をともにするうち、思いもよらないところで驚くことや、不思議に思うことが多々出てきた。


 まず一つは、自分の顔をあまり見ない事。

 自惚れているわけでもなく、見てほしいわけでもない。だが、リリックを取り巻く環境は残念ながら『見てなんぼ』という人しかいなかった。

 家から一歩出れば、多くの視線に晒されることが当たり前で、それが日常だったから、フルールの接し方に、嬉しい違和感と驚きを覚えた。


「だから言ったでしょ、フルールちゃんはそこら辺の令嬢とちがうの」

 リリックが驚くたびに母は何度も言った。


 あの茶会でフルールはただの一度もリリックに気を留めなかったそうだ。

 三歳と言えば好奇心が育ち始める時期。興味のあるものとそうでないものに対しての差が出る時。美醜の何たるかまではわからなくても、他の子どもには、リリックの顔は興味の対象となっていた。


 だがフルールは当時、一滴の興味もリリックに落とさなかったようだ。

 姉のフユリは他の令嬢と同じまでとはいかないが、それなりの好意を抱いていたそうだが、それでも妹の面倒を優先する姿がとても微笑ましく、また、少しの好意を抱いている姿は等身大の少女として好感を持てたと話す。


 実は、公爵夫人はこの時からナート家の姉妹に目をつけていた。

 リリックのお嫁さんになってほしいと。


 だから試すように何度も何度も招待した。

 あの状況に流されず、成すべきことを優先するフユリなら、リリックの顔に溺れて馬鹿な事などしないだろうし、顔度外視のフルールであればリリックは心地よい家庭が持てるのではないかと思った。

 しかし、フユリの妹思いのあの行いは自身の株を上げ、どの家も注目する結果となり、いち早く動いたワイヤー侯爵家がかっ攫っていった。

 もうフルールしかいないと思った時に、ナート伯爵が領地に戻ると挨拶をしに来たことで、二人の姿は茶会から消え、夫人の夢は頓挫した。


 それはさておき、二つ目は、たまに見せる注視の強さが半端ないという事。

 それも何気ない時にだ。


 エーデル家の庭を見せた時に、居合わせた庭師のイワンを紹介すると、使用人だというのにきちんと目を見て挨拶を返してくれた。花が好きなリリックにとっては大切な師だし、祖父のような温か味も感じる。

 ロノフス同様、人間不信に陥った時、力になってくれたひとりだ。

 庭の隅にうずくまるリリックを一番にみつけてくれた。

 なにも言わずにいつまでもそばにいてくれた。

 そして一緒に植物に触れることで心を癒してくれた。

 その頃から花に興味をもつようになったような気がする。一時期は、庭にいる時間の方が長い日もあった。

 そんな、リリックにとっては大切なイワンだが、初対面の伯爵令嬢が目を見て挨拶を交わすような身分にない。


 フルールはそのまま、会ってすぐのイワンに注視した。その意識はとても強かった。まるで服の中を透視でもするかのように力強い眼差しを向けるが、その顔はなにやら嬉しそうで、かと言って、もちろんそこに色を含んでいるわけでもなく、ただただ注視するだけに過ぎない。


 他にも馬丁だったり、フットマンだったり。

 たまに立ち止まり少しだけ嬉しさを滲ませ、イワンと同じように注視する。

 不思議に思い、うちの使用人に失礼があったか聞いてみたが、何もないと言われてしまえばそこまでで、なんとなくその度に、歯にものが詰まったようなまま会話が終わる。


 もしここにハンナがいたならば「お嬢様お顔を戻してください」と即座に注意しただろう。

 しかし残念ながらハンナもいなければ、フルールも表情が崩れているとは思ってないので、ただただリリックが不思議に感じたという話になる。


 そして今日だ。あの注視が自分に向けられていた。

 フルールは普段、リリックの顔をむやみやたらに見ない。


 会話をするとき、何か問う時、そういった必要な時はきちんと目を見て話すが、それ以外はとんと興味がないことを前面にだす。どちらかと言えば体の方をみている時間が長い。だがそれも顔と比べればといったくらいで、さしてリリックの外見に興味がないことは分かる。


 だが今日は見ていたのだ。あの揺らぐことのない視線で、全ての試合を。

 婚約者だから当然ですと言われてしまえばそれまでだが、いつものフルールからしたら婚約者だからと言っても、ここまで強くガッツリ見ないだろう。


 それよりもなによりも、あんなに鋭い視線は令嬢ができるものではないと、騎士としての感想が前に出る。

 現にリリックを狙うギラギラ令嬢たちからは、鋭くはあるが、刺すような、一歩間違えば、殺気と捉えられてもおかしくないような視線は感じた事がない。


 一挙手一投足を把握しているような、動きの全てを見切られているような感覚。あれは敵に回したら厄介なことになる。そう思うほど、鋭い洞察力を持つ、威力のある視線だった。


 だから、そのような視線の使い手であるドゥユビエール侯爵を取り潰してしまおうと考えていたのだが。なんたることだ。意識は完全にフルールに流れた。だからと言ってドゥユビエール侯爵を捨て置くわけではない。


 そうしてフルールに意識を流されたリリックはどうしても聞きたいのだ。

 なにを以てしてあのような視線を身に着けたのか。

 どのような境地でいればあの視線を瞬時に出せるのか。

 殺気を出さずに注視だけを極めることが出来るのなら、こんなに大きな武器はない。



 リリックはそんなことを考えながらスケッチブックを小脇に抱え──ナート伯爵家に向かった。


 リリックの中でこの確信は、もう、揺らがなかった。


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