24 耄碌なんてしてる暇ありゃしませんよ!
翌日、リリックが朝からまた花束を持ってやってきた。今日は小ぶりな花束でティーカップでも収まりそうなものだ。
婚約してからリリックは毎日のように花束を持ってきてくれるが、屋敷が花に埋もれそうになっても持ち込まれる花束にフルールはやんわりと断りを入れた。
「リリック様いつもきれいなお花ありがとうございます。とても嬉しいのですが、同時にお花が枯れていくのを見るのは可愛そうなのです」
それからというもの、リリックは小ぶりの花を日を置いて持ってくるようになった。
彼の中で花束をやめるという選択はなかったらしい。
はじめから花に詳しいとは思ったが、フルールとの会話の端々から、好きが高じてのものなのだと容易に伺い知れた。その中には花に対しての思いや、彼の生真面目さのようなものも垣間見える。花束が大きい時も思ったが、生けやすいように下処理してグルーピングでセンス良くまとめ上げている。個人的に好きなまとめ方なのかもしれない。
小さな花束になると今度は、アレンジメントのような、スタンドブーケのような、そのまま飾れるものが多くなった。
ナート家の者たちは花の侵食に困惑しつつも、あんなに嬉しそうに花束を抱えてくるリリックに苦言を呈せるわけもなく、何なら腰の痛みが引いた家政婦長を見てリリックの笑顔には治癒の効果でもあるのではないかとさえ考えはじめ、誰も止めなかった。もとより公爵子息のリリックにものなど言えない。
だが、結果フルールが止めてくれたことで、使用人たちは花の水替えに割いていた時間がなくなり通常業務に戻れたし、小ぶりとはいえ花束を持ってくるリリックの笑顔は拝めるのだから治癒効果は失われない。
願ったり叶ったりだ。
やんわりとリリックの花束攻撃を躱したフルールにハンナは感動したが、何のことはない、花束が大きければ大きいほど花の説明に時間がかかり、演習場に行く時間が削られるとのことらしい。
ハンナはがっかりした。フルール史上初と言ってもいいくらいの高度なやり取りで、リリックを不快にさせること無く、要求を通した事を称賛したのに、それですかと。
でも悪いことではない。方向性が違うだけで、とても上手い躱し方だった。がっかりさせられた手前、素直に認める気持ちになれないだけだ。
だが、ブレないフルールに何故か誇らしくもある。
ん? なぜ誇らしいなどと……。
──耄碌。
ハンナは一瞬この言葉が浮かんだが、ブルブルと頭を振る。
何をおいてもお嬢様が無事に嫁ぐまでは、耄碌などしてはいられない。
二人の仲はとても良い。
来月のデビュタントにも間に合った。
家族一同が胸を撫でおろした。
後はリリックの体にフルールが食いついてくれれば問題はない。
「お嬢様、リリック様もさすが騎士だけあって体躯がよろしいですね」
「ええそうね」
「その割には、あまり興味がないように見えますが」
「興味がないわけではないわ」
「ずいぶん消極的な言い方ですね。なにか気になることが?」
「今はあの腹部に会いたいのよ。他の事なんて目に入らないの。ハンナだってアップルパイが食べたい時に、チョコミントパイが出されたら、食べるけれどやっぱりアップルパイを食べなくちゃ気が済まないでしょ。食べたい時に食べたい物を食べたいもの。それと同じで見たい時に見たいものを見たいの!」
殿方を食べ物に例えるとは、なんと嘆かわしい。
しかしこれは──だいぶ危険な状態かもしれない。
ハンナは緊急戦闘態勢を発令した。
問題が一つ減ったくらいで根本の解決に至ることはないと、思い知らされた。
アップルパイを食べたいときにチョコミントパイではダメらしい。その逆も然りだ。
本当に、──耄碌なんてしてる暇ありゃしませんよ!




