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【閑話休題】ナート家の使用人(後編)

 ハンナの手土産予想は的中したが、こんなに大きな花束だとは流石に想像できなかった。受け取ったフルールがよろめきそうになったのを、リリックが手を貸したくらいだ。

 フルールが分けて飾る了承を取ったので、すかさずハンナが指示を出す。

 リリックの花束を目にした執事がこっそり、ありったけの花瓶の用意を命じており、そのための先鋒が既に動き出していのだ。それを受けハンナは花を分ける際の指示をした。


 ハンナはそのまま、フルールとリリックを先導するように部屋に通した。

 二人は前回と同じように向かい合って座り、そこにお茶が運ばれる。リリックも朝食は済ませているだろうが、念のため軽食と焼き菓子などの甘味を出した。ないよりはあった方が話題には困らないだろうと用意したが、二人は花の話題で楽しそうに話しており配慮は杞憂に終わった。これは良いことだと思ったが、リリックのあまりにも楽しそうな姿が、笑顔が、猛威を振るう。


 気づくと、フルールの後ろに立つ二人の息が微妙に浅くなっている。目も充血し始めているように見える。リリックを前にして異常をきたしたようだ。ハンナはサインを出した。

 ──大丈夫?

 ──問題ナシ

 まばたきと、首の微妙な角度によってやり取りするこのサインは、たぶんナート家だけのものだ。

 フルールの特殊な趣味を隠すために使用人たちが考案したもので、今では使用人同士で声の出せない場面でよく使われている。


 返答を受けたハンナはだが、途中でサイドを入れ替えた。

 だが、リリックの前にと交代した二人もすぐに異変がでた。


 ハンナは演習場の付き合いで、遠目とは言え毎日見ていたから免疫は少しある。そのハンナでさえ先ほど目眩を起こしそうになったのだから、初めて振るわれる顔の暴力によく耐えていると思う。ミルなどは端からフルールの顔しか見ていない。見ようによってはリリックの存在を消しているようにも取れる。それはそれで賢い。若い娘が見るものではない。何事も過ぎれば毒である。

 何とか持ちこたえる事が出来るよう祈るばかりだ。


 しかし、幸か不幸か風向きが変わった。

 話が《草取り》に及んだ時だ。


 ──前触レ確認

 ──目ノ潤ミ確認

 ──頬ノ赤味確認


 フルールが発作の出る前触れの状態になった。

 瞬時にその様子がサインを通して共有される。


 ──リリックサイド異常ナシ

 ──茶ノ入替ニテ様子見

 ──了解


 さっきまで逆上せたように赤い顔をしていた使用人が、お茶の淹れ替えに動く。近距離の為一切リリックは見ない。この場で殉職するわけにはいかないのだ。

 すると突如ハンナの横にいたミルが、礼をして部屋をでた。何しに行ったのかは分からないが、そちらに気を取られている場合ではない。こうしている間にも話は進み、フルールの発作が秒読み段階に入った。


 ──目ノ潤ミ極限

 ──口元ノ緩ミ確認

 ──焦点定マラズ


 この部屋の中にだけ警笛がけたたましく鳴り響く。

 迎撃戦闘態勢だ。


 何故草取りからこんなことに?

 草取りってそんなにお嬢様が興味持たれるもの?

 ハンナを除く者たちは首を捻る。


 この屋敷で草取りと聞いて顔を顰めるのはハンナの他には旦那様と奥様だけだ。

 ハンナは遠い目で思いだす。

 夏の草取り行脚をフルールが殊の外気に入っていたことを。使用人が何人も暑さに倒れる中フルールだけが夏中元気だったことを。


 リリックとの会話に草取りも入るのなら、何としてもこの場を収め、今後の注意事をフルールに教えなければならない。

 殿方と一緒の時は領地での出来事を思い出してはいけない、と。


 先ほど茶の入れ替えをした使用人はそのままワゴンに張り付き、リリックの後ろの者は花瓶に手をかけた。その様子を見たハンナは止めた。どうやら自分たちの粗相でフルールの発作を止めるつもりらしい。


 ──カクナル上ハ任セロ

 ──了解

 ──了解


 そんな会話のなか息を切らせミルが戻って来た。その手にいつしかのスケッチブックを持って。ミルは整え切らない息のままそれをハンナに差し出す。

 フルールが大きく息を吸い込んだ。


 くる!!


 侍女たちは息を止めた。

 フルールの発作は、必ず大きく息を吸い込んだあとにでる。

 その第一声が出るか出ないかの寸前で、手にしたスケッチブックでハンナが割り込んだ。


「お嬢様もし宜しければこちらをどうぞ」


 ふー、と部屋の四隅から緊張が放たれた。

 間一髪で乗り切った。



「もー、こんなに気疲れしたことないわ」

「わかります。時間が永遠に感じる事ってあるんですね」


 あの後リリックは、スケッチブックを惜しみながら馬に跨り城へ向かった。

 時間にしたら短い。リリックの登城前のわずかな時間だ。

 茶を一杯飲み切るくらいの。


「ホント疲れたわ。じゃれつく子猫をあしらいながら、いつ飛んでくるかわからない吹き矢の気配に脅かされる、そんな時間だったわ」

「上手い事いうわね。でも私も同じようなこと考えてたわ。チンパンジーの赤ちゃんを抱いて弾丸飛び交う戦場を走り抜けるの」

「あははは、それも上手いわ。でも、何はともあれ生還できてよかったわ」


 本当に、と大役を終えた者たちは、功労賞として奥様から贈られたお茶の時間に、張り詰めた糸をパチンパチンと全て切った。


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