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【閑話休題】ナート家の使用人(前編)

 



 ──話は少し遡る。


「既に聞いていると思いますが、フルールお嬢様がエーデル公爵家のご子息リリック様と婚約されました。とてもめでたいことですが──わかりますね」


 大勢の使用人の前に立って話しているハンナは、ぐるりと首を回し一同を見る。


「これからフルールお嬢様が嫁ぐ日まで、私たち使用人は今まで以上の団結力が必要になります。今日、この日までお嬢様の噂はひとつも出ていません。それは偏に皆さんの努力に他なりませんが、より一層です。この意味も分かりますよね。筆頭公爵家のご子息である、見目麗しいリリック様がお相手です。どこから横槍が入るかわかりません。蟻一匹入れないどころか、この屋敷からは水の一滴も漏れ出してはいけません。今こそ我がナート家の使用人の威力を見せつけるのです!」

「オオォー!!」


 戦闘準備万端である。


「ではここからは本日の配置です。ロマネ、あなたは玄関から絶対に離れないで下さい。リリック様の滞在中は、何人(なんぴと)もこの屋敷に入れてはなりません。爵位持ちの執事が対応するとなれば大体の人を追い返すことが可能でしょう。出迎えの整列は若い者は後列、年功序列で並びます。なるべくフルールお嬢様を引き立てるのです。次に──」


 これからリリックが来ると先触れを受けたナート家は、朝から大わらわとなった。

 これを纏める為に、ナート家総取締役のハンナが指揮をとる。


「いいですね。公爵家のリリック様は必ず何かしらの手土産を用意してきます。花束、菓子、若しくはその両方、更には宝石の可能性もあります。その全ての受け取りに迅速に対応し、スマートに応接室まで誘導してください。もしかすると前回のお茶会の様子から、お嬢様が庭に案内する可能性もあります。トーマス、庭師としてのあなたの腕は知っていますが今一度庭の点検を」

「へい!」

 ハンナに言われたトーマスは足早に部屋を出る。

「リツギ、御者のあなたはリリック様の馬をお預かりするでしょうから、前回同様その準備を。馬車の可能性も頭に入れておいてください」

「承知!」

 意気込んだリツギも部屋を去る。

「──ではあなた達はそれを」

「はい!!」

「さて、残ったあなた達は、私と一緒に部屋での待機をお願いします」

 各自の持ち場へと振り分けを終え、残ったのはフルール付きの若い侍女を入れた五人。

「お嬢様とリリック様のお部屋にですか?」

「そうです」

「こんなに人数いりますか?」


 ハンナがいるのであれば、給仕を入れても二人で十分である。


「必要です。まずミル、あなたは常に私の隣ですぐ動けるようにしなさい」

「はい」

 ミルはフルール付きの若い侍女で、一番フルールの側にいることが多い。

「その他の者は部屋の四隅に待機です。お嬢様とリリック様のどんな表情でも見逃がしてはなりません。特にお嬢様に発作が出た時は速やかに対処を」


 なるほど、と言わんばかりに四人が頷く。

 フルールの癖は、殿方のカラダに思いを馳せると途端に周りが見えなくなる厄介な癖だ。そうなると「なんて素敵なお体」「ああ、その腕を上げて腹の側部を見せてくれないかしら」などと、頭の中に湧いた筋肉が口に出てしまうのだ。

 ナート家はこれを『発作』と呼び隠語として使っている。


 そして、花束を持ったリリックが登場する。

 その美貌に、文字通り花を添えて。

 出勤前に立ち寄るとのことだったので服装は当然隊服である。

 白を基調とし詰襟、袖口には金糸の刺繡が、胸元には王太子の徽章が入っている。

 些か冗談かと思うような大きさの花束だったが、リリックが手にしているせいで違和感がない。

 そして徐に跪き、フルールに大ぶりの花束を差し出した。

 物語の一幕なのだろうか。麗しの王子が姫に求婚するシーンにしか見えない。

 その姿を言葉にできる者がいたらどうか教えてほしい。どのような言葉を選ぶのか。


 免疫を持つハンナでさえ目眩がするほどだ。

 案の定というかやはりと言うか、リリックの登場だけで半数の使用人が使用不可となった。

 ハンナの横に並ぶ年配層の使用人は何とか耐えている。醜態を晒してなるものかと。その後ろでバタバタとしゃがみ込む若い使用人の姿を、リリックの目に入れてはならないと使用人魂で踏ん張る。

 ハンナは、手が震えている奥様とフユリお嬢様を何とか退場させ、これから敵陣に乗り込む準備をした。

 本拠地で敵陣とは何ともちぐはぐだが、美貌を惜しげもなく晒す今日のリリックは破壊力抜群の立派な兵器である。いつ発作が出ると知れないフルールに対しての戦闘準備が思わぬ形で功を奏したが、これが敵陣でないのなら安寧はどこにあろうか。

 ハンナの意気込みが伝わったのか、何処からかゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。


 よし! 開戦じゃ!


 残された使用人たちは皆心の中で声を上げた。


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