7. 目が合った夜
いつものように夜9時の鐘が鳴り響き、トリスタンは図書室の古い本から抜け出した。
迷いなく向かうのは、あの静寂に包まれた西の中庭。
月光が石畳を青白く照らす中、今夜もデイトナは一人で剣を振るっていた。
一筋の乱れもない鋭い踏み込み。空気を引き裂く白銀の刃。
トリスタンはいつもの柱の陰に立ち、息をひそめてその姿を見つめた。
(今夜も……会えた)
胸の奥がじんわりと熱くなる。
声も届かず、姿も見えない。けれど、こうして同じ夜空の下で彼を眺められるだけで、300年の孤独がほんの少しだけ和らぐ気がしていた。
トリスタンは、デイトナの流れるような剣さばきにうっとりと見惚れていた。
その時だった。
ザッ——。
デイトナの足がピタリと止まった。
彼は大きく息を整えると、ふいに剣を下ろし、あたたかな夜風に前髪を揺らせながら、トリスタンのいる柱の陰へとゆったりと顔を向けたのだ。
(え……?)
トリスタンは息を呑んだ。
気配を察しただけだろうか。いつもなら、見張りの巡回を警戒して視線を巡らせることはあっても、すぐにまた練習に戻るはずだった。
しかし、デイトナの行動は違った。
彼はまっすぐに柱の影を見つめたまま、一歩、また一歩と足音を響かせて近づいてくる。
その深い蒼の瞳は、迷うことなくトリスタンの立つ場所を捉えていた。
(嘘……隠れなきゃ……ううん、見えているはずがないわ)
自分は幽霊のような存在だ。300年間、誰一人として自分の存在に気づいた者などいなかったのだから。
トリスタンは自分にそう言い聞かせ、動かずに固まっていた。
デイトナの手が、トリスタンのほんの数インチ手前で止まる。
至近距離で重なる彼との距離。彼から発せられる真剣な熱気と、ほのかな汗の匂いがトリスタンの鼻腔をくすぐった。
デイトナは、ゆっくりとトリスタンの顔を見つめ——その瞳を微かに揺らした。
「……そこに、誰かいるのか?」
低く、けれど心地よく響く男らしい声。
その言葉は、風の音でも幻聴でもなく、紛れもなくトリスタンに向けられていた。
「っ……!」
トリスタンは思わず口元を両手で覆った。
デイトナの視線は、たしかに彼女の瞳と、まっすぐに重なり合っていた。




