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29.朝の光と私たちの選択

300年という果てしない孤独。夜の3時間しか触れ合うことのできなかった切ない制約は、ついに破られ、二人は溢れ出る涙を拭いもせず、確かめ合うように深く抱き合った。

やがて、静寂に包まれた禁書エリアに、あたたかな朝の光が射し込み始める。

足元には、真っ二つに両断され光を失った古書『魔法使いと囚われの姫』が転がっている。窓からこぼれる太陽の光を浴びながら、トリスタンは震える手をかざした。

「太陽の光が……こんなに暖かいなんて。私、本当に現実の世界に生きているのですね……」

その時、図書館での物音と異変を察知した騎士団長と数人の兵士たちが、緊迫した様子で禁書エリアへ駆け込んできた。

「デイトナ! 無事だったか……!? 呪詛の傷は……」

叫びながら飛び込んできた団長は、目の前の光景に絶句し、足を止めた。

傷ついて服も破れ血がついた姿で立つ副団長デイトナと、断ち切られた古書の傍らで朝の光を浴びる、見知らぬ麗しい少女の姿があったからだ。

「な……なんだ、その者は……? それにその古書は一体……!?」

デイトナはトリスタンを背中にかばうように前に一歩進み出ると、腰の「王家の剣」を示しながら、真摯な眼差しで団長に向かい深々と頭を下げた。

「団長。あなたが教えてくださった聖剣のおかげで、私は呪いを打ち払い……300年の間、この本の世界に閉じ込められていた姫君、トリスタン様をお救いすることができました」

「……な、何だと……!? 伝承の姫君……!?」

団長は目を見開き、両断された古書と、デイトナの腰で気高く輝く王家の聖剣、そして気品に満ちたトリスタンの姿を交互に見つめた。

デイトナの言葉と、前団長から聞かされた事のある初代王女の悲劇の話しから「王家の呪い」の真実を悟り、激しい衝撃を受ける。

「まさか……伝承は誠であったか……! デイトナ、お前は……真実、本の世界から姫君を連れ戻したというのか……!」

団長は息を呑み、静かに腰の剣を抜き、胸に当てて膝をつこうとした。

しかし、それを制したのはトリスタン本人だった。

「団長様、頭をお上げください。……私はもう、300年前の王女ではありません」

トリスタンはデイトナの隣に歩み寄り、しっかりと彼の手を握りしめた。

「私の知る国も、家族も、すべては遠い過去の記憶です。いまの私にあるのは……ただ、デイトナ様が救ってくださったこの命と、デイトナ様と共に生きたいという想いだけなのです。ですから、私を王族としてではなく……ただのひとりの人間として、ここで生きていくことをお許しください」

「トリスタン……」

デイトナは驚きつつも、彼女の瞳にある固い決意を感じ取り、深く頷いた。

団長は呆然とした後、二人の強く結ばれた手と真剣な眼差しをじっと見つめ……やがて、解け込むような温かい苦笑いを浮かべた。

「……お前たちは不器用で、まっすぐだな。分かった。過酷な運命を乗り越えた者に、これ以上歴史の重荷を背負わせるような無粋な真似はせん。騎士団長として……いや、お前の師として、デイトナ、お前にこの方を託そう」

「団長……! 感謝いたします!」

デイトナとトリスタンは、顔を見合わせて深く頭を下げた。


ーーその日の夜。城のバルコニーで風に吹かれながら、二人は美しく輝く星空を眺めていた。

「後悔はありませんか、トリスタン。王女としての地位も、華やかな城での暮らしも捨てることになる」

「後悔なんて、あるはずがありません」

トリスタンはデイトナの手を両手で包み込み、心からの笑顔を向けた。

「私が欲しかったのは、豪華な部屋でも王冠でもありません。……朝起きた時に『おはよう』と言えて、夜寝る前に『おやすみ』と言える、あなたとの当たり前の毎日です」

「トリスタン……。ありがとう。私のすべての人生を懸けて、あなたを幸せにします」

二人が寄り添う中、王国に夜の9時を告げる鐘の音が、今までで一番優しく穏やかに響き渡った。

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