30.ふたりの家
それから、1年後。
王都の喧騒から少し離れた、緑豊かな小高い丘の上の小さな家。
庭には季節の花々が咲き誇り、やわらかな風が洗濯物をやさしく揺らしている。
デイトナは王城の近衛騎士副団長としての激務をこなしながらも、穏やかにこの家でトリスタンと暮らしている。
「デイトナ様、おかえりなさい!」
玄関の扉を開けると、エプロン姿のトリスタンが弾けるような笑顔で駆け寄ってくる。
かつて冷たい石の塔で冷え切っていた彼女の手は、今では料理の湯気と日差しのぬくもりで、とてもあたたかかった。
「ただいま、トリスタン。今日もいい天気だったな。」
デイトナは愛おしそうに彼女を抱きしめ、そのおでこに優しくキスを落とした。
二人の食卓には、トリスタンが一生懸命覚えた温かいスープと焼きたてのパンが並んでいる。
食事をしながら、今日街であったこと、庭に咲いた花のこと、他愛もない出来事を微笑み合いながら語り合う。
かつては「9時から12時までの3時間」しか許されなかった二人の時間。
針の音に怯え、消えていく指先をただ切なく見つめていたあの夜は、もう遠い昔のことだった。
夜になり、小さな寝室に静寂が訪れる。
窓からは満天の星空が見え、遠くから村の鐘の音が小さく響いてきた。
夜の12時を告げる鐘だ。
「デイトナ様……」
ベッドの中で、トリスタンはデイトナの胸にそっと顔を埋めた。
「ん……? どうした?」
「ふふ、なんでもありません。……ただ、こうしてあなたの鼓動を聞きながら、12時を過ぎてもあなたの腕の中にいられることが、嬉しくて……」
デイトナは優しく微笑み、彼女の背中を撫でながら髪に指を通した。
「もう何も消えない。明日も、明後日も、私はここにいる。朝になったら、一緒に朝食を食べよう」
「はい……。おやすみなさい、デイトナ様」
「おやすみ、トリスタン」
彼女が安心してゆっくりと瞳を閉じ、規則正しい寝息を立て始める。
デイトナは彼女の体をそっと抱きしめ直し、あたたかなぬくもりを感じながら自分も静かに目を閉じた。
特別な権力も、華やかな称号もない。
けれど、ここには何よりも愛おしく、何物にも代えがたい「ふたりだけの平穏な明日」があった。
12時の呪いを超えて結ばれたふたりは、この小さな家で、これからもずっとおだやかな幸せを紡ぎ続けていくのだった。




