28.崩壊と解放
「ガ、アぁぁぁぁッ……!!」
デイトナが全身の力を込めて突き立てた「王家の剣」が、ドラゴンの胸元深く、魔力の核を正確に貫き通した。
白銀の光が刃から一気に解き放たれ、バーンの巨躯の内部から溢れ出す。
不浄な魔導を退ける圧倒的な威光が、300年にわたって本の世界を支配していた凶悪な呪詛を内側から爆砕していった。
ドラゴンの漆黒の鱗がボロボロと剥がれ落ち、光の粒子となって砕け散っていく。
巨体は急速に縮み、元の黒髪の魔術師の姿へと戻りながら、バーンは絶望と憎悪に満ちた絶叫を上げた。
「バカな……この私が……一介の騎士などに……我が執念が……ッ!」
「さらばだ、バーン。あなたの悪夢はここで終わりだ。トリスタンは私が連れて行く」
肩口から胸元にかけての裂傷の痛みに耐え、激闘の疲労で息を乱しながらも、デイトナが聖剣を引き抜くと同時に、バーンの身体は眩い光の塵となり、激しい風とともに空の彼方へとかき消えていった。
バーンが消滅した瞬間、本の世界全体が激しく鳴動を始めた。
ゴゴゴゴゴ……ッ!
暗く立ち込めていた暗雲が裂け、天を衝く石造りの塔が激しく崩れ始める。
300年間この世界を縛り続けていた強固な結界が解け、偽りの世界そのものが崩壊を始めたのだ。
足元の石畳が崩れ落ちていく中、デイトナはすぐさま振り返り、背後に庇っていたトリスタンの元へ駆け寄った。
「トリスタン!」
「デイトナ様……! 世界が……!」
「大丈夫だ、しっかり掴まっていてくれ!」
デイトナは彼女の体を力強く抱き寄せ、腰の聖剣を固く握りしめた。
空間が大きく歪み、溢れ出す純白の光が二人を優しく包み込んでいく。
「戻ろう、もとの世界へ」
「はい……! デイトナ様……!」
トリスタンはデイトナの胸に抱かれながら、もう二度と離れ離れにならないように、強くしがみついた。
二人の身体は眩い光の旋風に呑み込まれ、崩壊する本の世界から解き放たれていった。
……あたたかな光と、心地よい古い紙の匂い。
デイトナがゆっくりと目を開けると、そこは王家図書館の禁書エリアだった。
足元には、真っ二つに叩き斬られ、ただの古びた紙束と化した古書『魔法使いと囚われの姫』が静かに横たわっている。黒い魔圧も、不気味な気配も、もうそこには存在しなかった。
そして、デイトナの腕の中。
「……あ……」
小さく息を呑む声に、デイトナは視線を落とした。
そこにいたのは、光の粒子でも幻影でもない。
窓から差し込む柔らかな月光を浴び、確かに体温を持ち、デイトナの服を固く握りしめている一人の少女——トリスタンの姿だった。
時計の針は、とうに真夜中を過ぎ、朝の気配を静かに孕んでいる。
12時という制限を過ぎても彼女は消えず、その存在は確かにこの現実世界に留まり続けていた。
「消えて……いない……。私、本当に……」
トリスタンは自分の手をかざし、震える指先でデイトナの胸元にそっと触れた。
手に触れる破れた騎士服と、激闘を物語る血の滲んだ傷痕。デイトナが自分のために命を懸けて戦ってくれた証に胸を痛めながらも、そこに伝わる確かな鼓動とぬくもりに、トリスタンの目から温かな涙があふれ出す。
デイトナもまた、手負いの腕で彼女の手を優しく包み込む。
「ああ、もう消えたりしない。呪いは……完全に解けたんだ」
「デイトナ様……っ!」
300年という永きにわたる孤独と絶望。
夜の3時間しか存在できなかった悲しい運命は、ここに終わりを告げたのだ。




