26.本の中へ
夜の9時を告げる鐘の音が、重々しく王城に響き渡った。
王家図書館の最奥、厳重に封印された禁書エリア。
かつてデイトナが黒蛇と死闘を繰り広げたその場所に、副団長は再び立っていた。
目の前の書架には、禍々しい暗黒の気配を纏った古書『魔法使いと囚われの姫』が、太い鉄の鎖で繋がれている。
「……トリスタン、今行く」
デイトナは迷うことなく、腰の「王家の剣」へと手を伸ばした。
柄を握り締め、一気に鞘から引き抜く。
ズバァァンッ……!
眩いばかりの聖なる光が禁書エリアの闇を押し返し、蒼い刀身が気高く輝いた。
デイトナは鋭い踏み込みとともに、古書に纏わりつく不気味な魔力の結界に向かって聖剣を真っ直ぐに振り下ろした。
スパァンッ……!
刃が触れた瞬間、聖剣の威光が結界を破砕し、本を縛り付けていた頑丈な鉄の鎖を易々と両断した。
弾けた魔力の余波とともに、古書から溢れ出した眩い金の光が旋風となってデイトナを包み込んでいく。
現実世界の風景が歪み、光の粒子の中に溶けて消えていく。
ーーーーふと足元に伝わる、冷たく硬い石畳の感触。
デイトナがゆっくりと目を開けると、そこは現実世界の図書館ではなかった。
天を衝くような不気味な石造りの塔。
窓の外には暗雲が立ち込め、300年間時が止まったままの、あの悲しく冷たい本の中の世界だった。以前、本を読んだ時トリスタンは最上階に囚われいると記してあった。
デイトナが剣を構え、警戒しながら静かに塔の大広間の先のにある階段を進んでいく。最上階の突き当たりの部屋の扉が微かに開いているのが見えた。
部屋の隅で、トリスタンが胸の前で固く手を組み、デイトナの無事と回復を一心に祈っていた。
「……トリスタン」
聞き覚えのある低くあたたかな声が、静寂に包まれた部屋に響く。
トリスタンは弾かれたように顔を上げた。
祈りを捧げていた彼女の瞳に映ったのは、幻などではない。包帯すら必要とせず、腰に気高く輝く剣を携え、真っ直ぐに自分を見つめるデイトナの姿だった。
「デ、イトナ……様……!?」
トリスタンは信じられない思いで息を呑み、小さく震える唇を開いた。
「どうして……どうしてここに……!? 傷はまだ癒えていないはずなのに、どうしてこんな無茶を……っ!」
あの酷い傷を抱えたまま本の世界へ突入してくるなど想像もしていなかったトリスタンは、驚きと彼を案じる強い想いで胸を詰まらせる。
デイトナは優しく微笑むと、彼女の元へと一歩ずつ歩み寄り、冷え切った彼女の手をそっと包み込んだ。
「言ったはずだ。君を救うまで、私は絶対に諦めないと」
「デイトナ様……っ!」
溢れ出す涙を留めることもできず、トリスタンはデイトナの胸へと飛び込んだ。
伝わってくる力強い鼓動とぬくもり。それは紛れもない現実だった。
「迎えに来た、トリスタン。もう君を一人にはさせない」
その時——。
塔全体を揺らすような禍々しい魔圧とともに、部屋の空間が歪み始めた。
『……バカな……呪詛の傷で伏していた筈の虫ケラが……なぜ我が領域の中に立っている……!?』
地底から響くような怒号とともに、漆黒の煙が部屋を満たしていく。
眠りの最中に異変を感じたバーンが、その姿を現そうとしていた。
デイトナはトリスタンを背後にかばい、王家の剣を力強く構えた。
「行くぞ、トリスタン。……この悪夢を、終わらせる」




