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24. 10分間の再会

翌日の夜。

本の世界の暗い塔では、思いがけない変化が起きていた。

前夜、現実世界へと解き放った黒蛇の魔獣を通じてデイトナと死闘を繰り広げた魔術師バーンは、想定以上の魔力を消耗していた。己の自室の奥深くで、彼はいつもより深く、不快な眠りについていたのだった。

支配者の強い執着と魔力の監視が緩んだことで、300年間トリスタンを縛り続けていた絶望的な結界に、ほんのわずかな「隙」が生じる。

(これは……!?)

自室でデイトナの無事を祈り続けていたトリスタンは、身体を包む呪縛が一瞬だけ緩んだことを察知した。

本来なら夜の9時から12時までの3時間しか許されない現実世界への顕現。しかし今なら——ほんの僅かな時間であれば、あの縛りを抜けて外へ出ることができる。

(デイトナ様……っ!)

トリスタンは躊躇うことなく、現実世界へと通じる途切れかけた光の糸を辿った。

夜の中庭。

医務室を抜け出したデイトナは、身体の激痛に耐えながら、静かにたたずんでいた。

ふっ……

時計塔の鐘も鳴らぬ時間。中庭の暗がりで、淡く儚い金の光が揺らめいた。

光の粒子が集まり、現れたのはトリスタンの姿だった。

「トリスタン……!?」

デイトナは目を見開いた。いつもとは違う時間、そして何より彼女の姿があまりにも薄く、今にも消えてしまいそうだったからだ。

「デイトナ様……!」

現れたトリスタンは、包帯を巻き、痛みに耐えながら立つデイトナの姿を見るや否や、駆け寄ってその胸へと飛び込みそうになった。寸前のところで包帯が目に入り、抱きつくのを躊躇した時、デイトナのほうから、ぎゅっと抱きしめられた。デイトナの腕の中は暖かく、胸から心臓の鼓動が聞こえる。生きている…。

「よかった……無事だったのですね……! 生きていてくださったのですね……っ!」

溢れ出る涙がデイトナの上着を濡らす。

バーンから「血の海に沈んだ」と聞かされ、絶望の淵で泣き崩れていたトリスタンにとって、生きている彼の温もりに触れられたことは、何よりの奇跡だった。

「泣かないでくれ、トリスタン。私はこの通り生きている」

デイトナは傷の痛みを押し殺し、愛おしそうに彼女の肩を抱きしめた。

「どうして……こんな時間に?」

「バーンが深く眠っています……その隙に、ほんの少しだけ抜け出せたのです。でも……長くてあと10分……それが限界です」

トリスタンは涙で濡れた瞳を上げ、痛々しい彼の傷口を見つめた。

「デイトナ様……お願いです。もう私に関わらないでください……っ」

切切とした声で、トリスタンは首を振った。

「あなたが生きていてくれただけで、私を救おうとしてくれたそのお気持ちだけで、私は300年分の救いを得ました。……これ以上、私のために命を落としかけるあなたを見たくありません。どうか……もう私のことは忘れて、あなたの人生を生きてください……!」

自分が傷つくこと以上に、彼が傷つくことが耐えられない。それがトリスタンの偽らざる本心だった。

しかし、デイトナは彼女の頬にそっと手を添え、指先で優しく涙を拭った。

その蒼い瞳には、何ものにも揺るがぬ熱い決意が宿っていた。

「忘れることなどできるものか」

「デイトナ様……」

「君が私を想い、こうして命がけで逢いに来てくれた。その答えが『諦めろ』であるはずがない。……見えたんだ、トリスタン。君を救い出すための手がかりが」

デイトナは彼女の真っ直ぐな瞳を見つめ返し、固く誓った。

「この城のどこかに眠る『王家の剣』を手に入れる。そして、君を囚やすあの本の世界の結界を断ち切り、必ず君を連れ戻す」

「王家の……剣……?」

トリスタンが息を呑んだその時、彼女の身体が激しく明滅し始めた。

10分という限られた時間が、容赦なく終わりを告げようとしていた。

「あっ……もう……時間が……」

実体が途切れ、トリスタンの身体が光の粒となって崩れていく。

引き裂かれるような切なさにトリスタンは手を伸ばした。

「デイトナ様……! 駄目です、無茶をしないで……っ!」

「待っていてくれ、トリスタン! 次に会う時は……君をあの暗闇から救い出す時だ!」

消えゆく間際、トリスタンは涙で潤んだ瞳の中に、かすかな希望の光を宿して微笑んだ。

最後の光が消え去り、中庭には再び静寂が戻る。

「10分か……十分だ。君の笑顔を見られただけで、どんな激痛も耐えられる」

デイトナは静かに拳を握りしめ、城の最深部——「王家の剣」が眠る地下へと足を向けたのだった。

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