23. 託された伝承
白く漂う薬品の匂いと、微かなろうそくの灯り。
デイトナがゆっくりと目を開けると、そこは王城の医務室だった。
側腹部を走る鈍く激しい痛みと、全身を蝕むような冷や汗。
身を起こそうと身構えたデイトナの視界に、腕を組んで佇む重厚な影が入ってきた。
「動くな、副団長。傷が開く」
重々しい声の主は、近衛騎士団長だった。
デイトナの意識が戻ったことを確かめると、団長は厳しい表情のままベッドの脇へと歩み寄った。
「禁書エリアで倒れていたお前を、巡回中の兵が見つけたのだ。……激しい出血と、何よりその傷口に残る気味の悪い冷気。一体何があった? 城内に侵入者でもいたというのか」
団長の鋭い眼光がデイトナを射抜く。
しかし、デイトナは固く唇を結んだ。
トリスタンの存在、300年前の古書、そして凶悪な魔術師バーン——。
ここで下手に真実を話せば、あの古書は危険物として処分されるか、厳重に封印されて二度と近づけなくなる恐れがある。そうなれば、トリスタンを救う術は永遠に失われてしまうのだ。
「……申し訳ありません、団長。お話しすることはできません」
デイトナは蒼い瞳に固い決意を宿し、真っ直ぐに上官を見つめ返した。
「……フン」
団長は小さく鼻を鳴らし、深く息を吐き出した。
部下の秘めた覚悟と、決して揺らぐことのない強い意志を感じ取ったのだろう。団長は追及を重ねるのをやめ、静かに窓の外のへと視線を向けた。
「多くは聞かん。……だが、お前を襲ったその傷、そして纏う気配を見るに、相手は普通の剣技や鋼の刃が通じるような『人間の敵』ではないな」
「……!」
「デイトナ、お前が何と戦おうとしているのかは知らん。だが、並の刃では太刀打ちできぬ禍々しい魔術や呪詛を相手にするのなら……一つだけ、古くから騎士団に伝わる古い伝承を教えてやろう」
団長は振り返り、静かだが重みのある声で言葉を紡いだ。
「この王城の地下奥深くには、初代王家が遺したとされる“邪なる魔術を切り裂く聖なる剣”——すなわち『王家の剣』が眠っているという。並の鉄の剣では魔術師の呪詛に屈するが、その聖剣ならばいかなる結界も魔道も一刃のもとに断ち切ると言われている」
「王家の……剣……」
デイトナの胸が高鳴った。
ただの鋼の剣では届かなかったバーンの魔術。しかし、その聖なる剣があれば——本の世界を遮る壁すらも切り裂き、トリスタンを救い出せるかもしれない。
「信じるか信じないかはお前次第だ。……だが副団長、死ぬなよ。お前の代わりなど、そう簡単にはおらんのだからな」
団長はそれだけ言い残すと、足音を響かせて医務室を去っていった。
ベッドの上に残されたデイトナは、包帯が巻かれた己の拳を固く握りしめた。
「王家の剣……。待っていてくれ、トリスタン。必ず……その剣を手に入れて見せる」
身を焦がすような激痛を跳ね返し、デイトナの心には再び苛烈な希望の火が灯っていた。




