22. 試練の代償
禁書棚から溢れ出た暗黒の靄は、途端に巨大な蛇の形を変え、デイトナを威嚇するように膨らみ上がった。
「シィィィ……ッ!」
凍てつくような殺気とともに、黒蛇が目にも留まらぬ速さで襲いかかる。
デイトナは瞬時に腰の剣を抜き、鋭い閃光となって刃を振るった。
ガキィィンッ!
実体のない靄のはずが、高められた魔力によって鋼のごとき硬度を得た黒蛇と激しくぶつかり合う。
禁書エリアという狭い空間で、変幻自在に襲い来る不気味な黒蛇。デイトナは必死に刃を閃かせるが、呪詛を纏った鋭い一撃を防ぎきることは困難だった。
ザシュッ……!
「ぐっ……!?」
蛇の鎌状の尾がデイトナの側腹部を深く切り裂いた。
鋭い痛みが走り、鎧の隙間から鮮血が溢れ出す。傷口から入るバーンの禍々しい魔力が、皮膚を灼き、身体の芯を冷たく痺れさせていく。
デイトナは膝をつきそうになりながらも、剣を支えに踏みとどまり、蒼い瞳で黒蛇を鋭く睨みつけた。
「……この程度の傷で……退くと思うか……!」
気迫を込めた渾身の一撃が黒蛇の頭部を叩き割り、黒い靄は不気味な悲鳴とともに散霧した。
だが、デイトナの負傷は深く、激しい出血と呪詛の影響により、彼はその場に崩れ落ちるように意識を失った。
一方 本の世界の暗い塔の中。
窓の外から立ち上る不気味な魔力の影とともに、黒髪の魔術師バーンが姿を現した。
その薄い唇には、冷酷で醜悪な笑みが浮かんでいる。
「……可哀想に、トリスタン」
バーンは静かに告げた。その声は氷のように冷たく、彼女の心を粉々に打ち砕くために放たれた。
「お前を救おうなどと愚かな幻想を抱いた騎士は……今、現実世界で血の海に沈んだ。我が魔獣に身体を切り裂かれ、息絶えかけているよ」
「な……っ!?」
トリスタンの血の気が一気に引いた。
デイトナ様が……血を流して……?
私のために……私を救おうとしたせいで……!
「嘘……嘘です……! デイトナ様がそんな……っ!」
「嘘だと思うか? ならばその目で確かめてみるがいい。……もっとも、お前がこの塔から出ることも、傷ついた男の元へ駆けつけることも、永久に叶わんがな」
バーンは嘲笑を残し、暗闇の中へと姿を消した。
静まり返った部屋で、トリスタンはその場に崩れ落ち、膝を抱えて泣き崩れた。
「嫌……嫌です、デイトナ様……! どうか死なないで……っ!」
助けに行きたい。今すぐ彼の元へ駆けつけて、その手を握り締めたい。
だが、どんなに泣き叫んでも、本の世界の強固な拒絶と束縛が彼女を閉じ込め、一歩たりとも外へ出すことはない。
300年間の孤独よりも遥かに深い絶望と、デイトナへの愛おしさが胸を激しく締め付ける。
トリスタンは冷たい床に突き伏せ、届かぬ叫びをあげながら、ただ一人涙を流し続けることしかできなかった。




