21. 暗雲
翌日の城内は、朝からどこか不穏な空気に包まれていた。
季節外れの冷気が廊下を吹き抜け、昼間だというのに日差しは鈍く陰っている。騎士や兵士たちの間でも「王城の周囲だけ妙に寒気がする」「嫌な圧迫感がある」と不気味がる声が囁かれていた。
近衛騎士団副団長室で執務机に向かっていたデイトナは、ペンを握る手の手甲をすり抜けるような、異様な不快感に眉をひそめた。
(この胸を押し潰すような不吉な気配は……何だ?)
皮膚が粟立つような感覚。それは単なる気象の影響などではない。凶悪な意図を持った「異質な魔力」が、現実世界の城内へと浸食し始めている証拠だった。
(トリスタンに何かあったのか……!?)
デイトナの頭に真っ先に浮かんだのは、昨夜涙ながらに彼を案じていたトリスタンの顔だった。
彼女を300年縛りつける恐ろしい魔術師——バーン。彼が何か動き始めたのではないかという直感が、デイトナの全身の警戒心を跳ね上げる。
仕事を早急に片付けたデイトナは、騎士団の兵装を整えると、足早に王家図書館へと向かった。
図書館の最深部、禁書エリア。
昼間にもかかわらず、その一角だけがまるで泥のような暗闇に沈んでいた。
デイトナは鉄格子を開け、あの一冊の古書——『魔法使いと囚われの姫』が置かれている棚へと近づく。
「なっ……!?」
本を目にした瞬間、デイトナは息を呑んだ。
頑丈な鉄の鎖で縛られた黒革の古書。その表紙から、立ち上るほど濃密な「漆黒の靄」が湧き出していたのだ。
触れずとも伝わってくる、冷たく刺すような殺意と圧倒的な魔圧。古書の表紙に刻まれた異様な魔導陣が、まるで生き物のように不気味に明滅している。
(昨夜までは、これほどの魔気は発していなかった……。奴が……バーンが気づいたのか!)
トリスタンの心の変化、そして彼女の背後にいる「誰か」の存在に。
デイトナが古書へ手を伸ばそうとしたその時——
ギシィッ……!
古書から溢れ出た黒い靄が途端に蛇のように鎌首をもたげ、デイトナに向かって威嚇するように膨らみ上がった。
肌を焼き切るような冷気と強烈な圧力がデイトナを襲う。普通の人間であれば、その場に崩れ落ちるほどの恐怖と金縛りに見舞われるであろう悪意の波。
だが、デイトナは一歩も引かなかった。
腰の剣の柄に強く手をかけ、蒼い瞳でその漆黒の魔気を真っ向から睨みつける。
「……私の前に立ち塞がるつもりか、魔術師」
デイトナの低い声に怒りと強い意志が宿る。
どれほど恐ろしい魔術であろうと、トリスタンを救うという決意が揺らぐことは万に一つもない。
本の中から放たれる禍々しい魔気と、騎士の放つ鋭くも誇り高き闘志。




