15.消えぬ違和感
トリスタンの姿が光の粒子となって消え去った後も、デイトナは中庭の石畳に佇んでいた。
繋いでいた手から完全に体温が失われ、夜風だけが指先を吹き抜けていく。
「……トリスタン」
静寂の中に、彼女の名をそっと呟いてみる。
毎夜交わす言葉、肩を並べて過ごす静かな時間、そして確かに触れ合えた手の熱。
彼女との距離は確実に縮まり、彼女の瞳に射す光もかつてより少しずつ柔らかくなっていた。
だが、それと引き換えに、デイトナの胸の中にはひとつの大きな「違和感」が重く渦巻き始めていた。
(彼女の纏う空気……そして、あの衣裳は一体何なんだ?)
デイトナは自室へ戻ると、机の上のランプに火を点し、記憶の中の彼女の姿をひとつひとつ反芻した。
月光に照らされた彼女のドレス。
繊細な銀糸で刺繍された胸元、独特な曲線の袖口、そして今では見かけることのない古代金細工のブローチ。
王家近衛騎士団の副団長として、歴史ある城内の装飾や歴代王族の肖像画を目にする機会は多い。だからこそ気づいてしまった。
彼女が身につけている服の様式は、現代のものではない。
数百年前——それこそ、この王城が築かれた初期の時代に途絶えたはずの「古王家の格式高い装飾」そのものだったのだ。
(言葉遣いもそうだ。上品で洗練されているが、現代の貴族が使う言い回しとはどこか異なっている……)
さらに、最大の疑問。
なぜ彼女は夜の9時になると現れ、12時の鐘とともに「光」となって消えてしまうのか。
なぜ彼女は「自分は過去に置き去りにされた存在だ」と悲しそうに微笑んだのか。
『これ以上私を知ろうとすれば、デイトナ様に恐ろしい災いが降りかかってしまう……』
トリスタンが怯えていた「災い」という言葉が、デイトナの脳裏を激しく打ち鳴らす。
(彼女はただの幽霊や妖精などではない。何者かの強い呪いか、人為的な力によって……あの場所に『囚われて』いるのではないか?)
デイトナは固く握りしめた拳を机に落とした。
彼女は自分のために「関わるな」と言った。
だが、正体も知らぬまま、ただ夜の3時間だけ彼女の傷を撫でるような真似をして何になるというのか。彼女を苦しめている元凶を突き止めない限り、彼女が本当の意味で救われることはない。
「待っていてくれ、トリスタン。君が隠そうとするなら……私が君の真実を引っ張り出してみせる」
蒼い瞳に鋭い決意を宿したのだった。




