14.二人の距離
私は誓うよ。君がどんな暗闇に囚われていようと、私はいつだって君の味方だ」
デイトナの言葉が、夜風に乗ってトリスタンの胸の奥深くへと沁み込んでいく。
あたたかな熱を帯びた彼の肩が、すぐ隣にある。
触れ合っている場所から伝わってくる脈動を感じながら、トリスタンは静かに胸に手を当てた。
(私は……生きたい。あたたかな光があるこの場所で、デイトナ様と一緒に……)
18歳で時を止められ、300年もの間、本の世界の冷たい塔に閉じ込められていた。
ただ絶望に耐え、己の存在すら消えてなくなればいいと諦めていた彼女の心に、初めてはっきりと「生への切望」が芽生えていた。
デイトナは彼女の繊細な指先が微かに震えているのに気づくと、包み込むようにそっと己の手を重ねた。
「手……繋いでもいいだろうか」
「デイトナ様……」
「君がここにいることを、私がしっかり感じていたいんだ。幻でもなく、夢でもなく……こうして私の隣に生きているのだと」
トリスタンは拒むことなく、デイトナの大きな手に自分の指を絡ませた。
彼の掌は少し固く、剣を握り続けてきた騎士特有のマメがあった。けれど、その指先から伝わってくる熱は、トリスタンの冷え切った心をどこまでも優しく解かしていく。
二人はそれ以上、言葉を交わさなかった。
ただ並んで座り、月光が降り注ぐ中庭で、しっかりと手を繋ぎ合わせていた。
静寂の中に重なる二人の息遣い。
実体を持たないはずのトリスタンにとって、繋いだ手から伝わる温もりが、自分が「生きている」ことを示す唯一の証のように思えた。
(あの方の暗黒魔術も……私を縛る呪いも……今夜だけは忘れさせてほしい)
デイトナの指に少しだけ力を込めると、デイトナも優しく握り返してくれた。
たったそれだけの触れ合いが、胸が痛くなるほど愛おしい。
時間が経つのも忘れ、静かな幸福に浸る二人。
しかし、現実は非情だった。
重く、低く響き渡る鐘の音——。
ゴーン、ゴーン、ゴーン……
夜の12時を告げる鐘が、城下に冷たく響き始めた。
「あっ……」
繋いでいたトリスタンの指先から、少しずつ体温が奪われていく。
淡い金色の粒子が彼女の肌から立ち上り、身体の輪郭が月光の中に透けていく。
「もう……時間なのですね」
トリスタンは名残惜しそうにデイトナの手を見つめた。
「トリスタン……」
デイトナは消えゆく彼女の手を離すまいと強く握りしめたが、その手は徐々に感覚を失い、やがて空気を掴むかのようにすり抜けてしまった。
「デイトナ様……今夜の優しさを、一生忘れません」
実体を失い、光の影へと戻っていくトリスタンは、溢れ出る涙を指で拭うこともできず、けれど今までにないあたたかな笑顔をデイトナに向けた。
「また、明日……お会いできますか?」
「ああ、もちろん。何があろうと、毎夜ここで待っている!」
デイトナの力強い答えを聞き届けながら、トリスタンの意識は本の世界の暗闇へと引き戻されていった。
残されたデイトナは、すり抜けてしまった己の手をじっと見つめ、繋いでいた温もりの余韻を噛み締めていた。
二人の距離は、確実に近づいている。
だが同時に、彼女を消し去ってしまう「12時の境界」の残酷さが、デイトナの胸を強く締め付けていた。




