6話
第六話 懐かしい匂い
ヨハンに木彫りの鳥を渡してから何日かが過ぎた。昨日は深い眠りで一日をほとんど寝台で過ごしたが、今朝は手足が動く。
庭の隅では、朝から木片の触れ合う音がしていた。
エルネストは膝の上に木箱を載せ、二枚の薄い板を交互に差し込んでいる。片方を立てるともう片方が倒れ、二枚を組み合わせようとすれば今度は蓋につかえてしまう。
「……もう少し短い方がいい」
印をつけて、板を取り出す。父ちゃんの仕事場で削ってもらおう。そう思ったところで、道の向こうから聞き慣れない音が届いた。
がらがらと木が鳴り、時折、硬いものが地面を打つ。馬の蹄の音まで混じっている。
エルネストが門の方を向くと、鍛冶場からグレタが顔を出した。
「マティアスが戻ったみたいだな。塩を受け取りに行くが、エルも来るかい?」
「行く」
「父ちゃんも広場に寄るそうだ。離れて歩くんじゃないよ」
「うん」
木箱を置いて立ち上がる。けれど、さっきの音がもう一度聞こえると、気になって箱を抱え直した。
「それも持っていくのかい?」
「うん」
「荷物を入れるつもりか?」
「……分かんない」
グレタが笑った。エルネストは箱の蓋を確かめ、母ちゃんの後を追って家を出た。
◇
村の広場には二台の荷車が止まっていた。
積まれた袋や木箱の周りを大人たちが行き来し、受け取った荷をそれぞれの家へ運んでいるようだ。馬が鼻を鳴らすと、繋いだ革具がきしむ。乾ききらない車輪には泥が張りつき、木の縁を覆う鉄の帯が所々で光っている。
「あ、エル!」
リリーが見つけて手を振った。隣には杖を持った女の人がいる。リリーの母親、アニエスだ。
「お母さん、帰ってきたの!」
「お帰り」
「ありがとう。エルネストも大きくなったわね」
アニエスは屈んで目線を合わせてくれた。腰の杖には小さな石がはまっている。
「それ、魔法の?」
「ええ。でも今日は荷下ろしの邪魔になるから使わないわよ」
「……うん」
残念だったが、エルネストの目はすぐに荷車へ戻った。
荷車の片側で、ルーカスが車輪に手を伸ばしている。
「すげえ! 俺よりでかい!」
「ルーカス、そこへ指を入れない!」
荷台の上から男の声が飛んだ。リリーの父親、マティアスだ。ルーカスが慌てて手を引っ込めると、マティアスは袋を抱えたまま笑った。
「今から少し動かすんだ。車輪のそばは危ないぞ」
「動くの!?」
「馬をつなぎ直すだけだよ」
マティアスが手綱を取る。馬がゆっくり進むと、大きな車輪が回り始めた。
そのまま広場の端まで行こうとして、車輪の片方が石の出っ張りを踏んだ。
がたん、と荷車が跳ねる。
荷台の袋が揺れ、積んであった木箱が隣の箱にぶつかった。マティアスがすぐに馬を止めて縄が緩んでいないか確かめる。
「まったく。この道は何度通ってもひどいな」
エルネストは荷台ではなく、車輪を見ていた。
丸い輪はもう地面に落ち着いている。それなのに、上の荷物はまだわずかに揺れている。
車輪が石を越えた。荷台まで跳ねたのは、車軸と荷台がほとんど一緒に動くからだ。
「……何もついてない」
エルネストは木箱を抱えたまましゃがんだ。
車輪の真ん中には太い木の部分があり、その奥へ一本の軸が延びている。反対側の車輪までつながった軸を、荷台の下の木組みが受け止めていた。車輪は軸の端で回っているが、荷台を支えるところに揺れを逃がす仕組みは見えない。
地面の凹凸を拾うたび、下から上へ衝撃が伝わる。
どうしてだろう。
車輪と荷台の間に、衝撃を受け止める仕組みがあってもいいはずなのに。
いや、あってもいい、ではない。エルネストの知っている馬車には、そういうものがあった。
薄い金属を重ねてしならせるもの。巻いた金属が縮んで戻るもの。空気や液体の圧力を利用するもの。磁力で車体を浮かせるもの。魔法で衝撃を吸収するものや、魔術によって車体そのものを宙に浮かせるものまで。
思い浮かぶ仕組みはいくつもある。けれど、目の前の荷車には、そのどれも見当たらなかった。
「エル、そこで何してる?」
声の方を向くと、ヨハンが金具の包みを持って立っていた。
「父ちゃん、こっち」
「車輪か」
「これ、回るでしょ」
「ああ」
「でも、ここは動かない」
車輪の中心から荷台へと、順番に指を向ける。ヨハンも膝を折り、息子が見ている場所を確かめた。
「車軸を支えてるところだな」
「この間に、何もないの?」
「木で留めてある。外れたら困るからな」
「そうじゃなくて……」
エルネストは言葉を探した。
車輪が跳ねても、荷台まで同じだけ跳ねる必要はない。曲がって元へ戻る金属、それを組み込む位置、揺れを収めるための仕組みまで、頭にはある。
見慣れた構造なのに、今の言葉で父ちゃんへ伝えようとすると、名前が見つからない。
エルネストは空いている手を上下させた。
「下が、がたんってなっても、上は、こう……」
途中で手を止め、掌だけゆっくり動かす。
ヨハンはエルネストの手と荷車を見比べた。
「車輪と荷台の動きを、分けたいのか?」
「うん! そういうの、ないの?」
「ないのかって……」
ヨハンは改めて荷台の下を覗き込んだ。
「少なくとも、俺が直してきた荷車にはないな」
「どうして?」
「どうしてと言われてもなぁ」
ヨハンは少し考え、車軸の上を手の甲で軽く叩いた。
「ここは荷の重さを受けるところだ。何か挟んで動くようにしたとしても、柔らかいだけじゃ潰れるぞ」
「……重いから?」
「そうだ。しかも道の上で何度も揺さぶられる」
エルネストは車輪の鉄の縁を見た。ぶつかった跡がいくつもあり、木の部分には細かな傷がついている。
「父ちゃん、これ作ったことある?」
「車輪そのものはな。荷車丸ごとなら修理の方が多い」
「壊れる?」
「そりゃ壊れるさ。だから直す」
「どこが?」
「多いのは車輪の傷みや車軸のがたつきだな」
ヨハンが軸の端を指そうとしたところで、マティアスが荷台から顔を出した。
「ヨハン、そこ、また具合が悪そうか?」
「いや。エルが気にしてるだけだ」
「なんだ、エルネスト君か! 大きくなったなぁ」
「会ったことある?」
「覚えてないか……。前はずっと小さかったからなぁ」
マティアスは笑いながら荷台を下りてくる。
「どうした? 乗ってみたいのか?」
「ううん。揺れるの」
「そりゃ揺れるよ。道が悪いからな。割れやすい荷を積むときなんか、布や藁で包んでも気が抜けない」
「揺れない馬車はないの?」
「揺れない馬車?」
マティアスが目を瞬かせた。
「そんなのがあったら、俺も乗ってみたいなぁ」
「ないの?」
「少なくとも、俺の荷車はご覧のとおりだよ。立派なお屋敷の馬車なら、何か工夫してあるのかもしれないけどね」
エルネストは荷台の下をもう一度見た。
「……揺れなかったら、包まなくてもいい?」
「それなら助かるけど、荷車が荷車じゃなくなっちまうんじゃないか?」
「どうして?」
「どうしてって……」
マティアスが困っていると、ヨハンが小さく笑った。
「エル。今は荷車を直す仕事じゃないぞ」
「……うん」
「そんなに気になるなら、帰ってから見てみるか」
「何を?」
「うちにも古い車軸がある。壊れたやつだがな」
「見たい!」
「なら、荷下ろしが終わってからだ」
エルネストは頷いた。
◇
荷下ろしが始まると、広場はいっそう賑やかになった。
塩、針、糸、工具の金具。それぞれの荷には受取人が決まっている。マティアスは袋を持ち上げては名前を呼び、頼んだ者に渡していった。
「エルネスト君。この包みをあっちへ持っていってくれるかい?」
渡されたのは軽い布包みだ。
「大きいのも持てるよ」
「知ってる、知ってる。でも、こっちを先に頼むよ。行き先を間違えられると困るからね」
「どこ?」
「ほら、アニエスがいるところ。隣の木箱だ」
エルネストが頷いて運び始めると、荷車の向こうからルーカスの声がした。
「俺も持つ!」
「じゃあ、そっちの空の袋を頼む!」
「もっと重いの!」
「なら袋を三つ!」
「よし!」
得意そうに抱えた袋を一つ落とし、リリーに叱られている。
エルネストは包みを置くと、また荷車の方を見た。止まっている車輪には、人が近づいても何も起こらない。ただ大きく、丸く、荷台を支えている。
車軸の下をもう一度確かめていると、荷の隙間から乾いた香りが流れてきた。
木でも土でも、鍛冶場の炭でもない。鼻の奥をつんと刺激する、覚えのある匂いだった。
鍋を覗く幼い息子。笑う妻。最後に手を握ってくれた、白髪の息子。生まれてから老いるまでを生きた、あの家族の匂いだ。
エルネストはしばらく動かず、風がもう一度吹くのを待った。
「……エル?」
隣に来たアールハイドが顔を覗き込む。
「大丈夫? いつもの夢?」
「今は見てない」
「そうなんだ」
アールハイドはそれ以上聞かず、エルネストの視線の先を追った。
「何か匂いがするね」
「うん。知ってる匂い」
「食べ物?」
「うん」
エルネストは小さく頷いた。
マティアスが二人の様子に気づき、袋をひとつ手に取る。
「これか? 南の方から来る香辛料だよ」
口を開いて見せると、中には黒い粒がいくつも入っていた。
「何ていうの?」
名前を聞いても、覚えている呼び方とは違う。口の中でその名を確かめようとして、エルネストはやめた。
「夢で食べたことがある」
「エルネスト君の夢かい? どんな料理だった?」
「肉とか、煮たもの。……いっぱい」
「へえ。便利な夢だなぁ」
エルネストの指が、抱えていた木箱の名札をなぞった。
「……便利じゃないよ」
マティアスは目を瞬かせ、それから袋の口を結び直した。
「そうか。悪いことを言ったな」
別の荷を呼ぶ声がして、彼は荷車の方へ戻っていく。
アールハイドは一緒に袋を見送ってから、隣の木箱へ腰を下ろした。
「いい夢だった?」
「うん」
「なら、よかった」
「……もう会えないけど」
「誰に?」
「家族」
アールハイドはエルネストを見た。少し口を開きかけたが、何も言わず、隣の空いたところを手で叩いて座るよう促す。
エルネストもそこへ腰を下ろす。
少し離れたところで、ルーカスがリリーに叱られている。どちらの声もよく聞こえた。
◇
昼を過ぎた頃、荷物はだいぶ減っていた。
ヨハンがマティアスから小さな金具を受け取り、袋の中を確かめている。グレタは先に塩を持って家へ戻り、残りの荷はヨハンが運ぶことになったらしい。
エルネストはヨハンのそばで、もう一度車輪を眺めた。
荷台が軽くなったせいか、マティアスが車を少し押すと、さっきより滑らかに動く。それでも車輪が石を踏めば、荷台の板ががたんと音を立てた。
「……同じだ」
「何が?」
アールハイドが隣にしゃがむ。
「荷物が減っても、上が揺れる」
「そりゃ、車輪が石に乗るからじゃない?」
「うん。でも、ここが動けば違うのに」
エルネストは軸を指してから、荷台を指した。さらに、その間へ掌を差し込もうとして、ヨハンに袖をつままれる。
「動くところへ手を入れるな。見るだけにしろ」
「……うん」
「そこへ何か挟むつもりか?」
「そう。下が動いても、上はあんまり動かないの」
ヨハンは手を離し、車軸から荷台へつながる木組みを眺めた。
「随分難しいことを言うな。何を挟むんだ?」
「……」
答えは幾つも浮かんでいる。
薄く鍛えた鋼を曲げたもの。巻いて弾ませるもの。揺れを抑えるために動きを鈍らせるもの。反発する力によって支えるもの。魔術により浮かせているもの。
組み方も、寸法を決める手順も知っている。
けれど、そのどれを口にしても、父ちゃんに伝わる言葉にはならなかった。
エルネストは地面へしゃがみ、落ちていた小枝で丸を二つ描いた。その間に一本線を引き、上に四角を置く。線と四角の間へ、少し曲がった線を足してみた。
「ここが……こう」
曲がった線を指で押さえ、少し下へ動かす。
「押したら縮んで、離したら戻るの」
ヨハンは地面の図を見てから、エルネストの手にある小枝を見た。
「なるほど。車輪が跳ねた分を、そこで受けるわけか」
「うん」
「だが、それじゃ荷台をどう支える?」
エルネストはもう一本、線を描き足した。
ヨハンが覗き込む。
「……これも動くのか?」
「うん。こっちは、こう」
説明しようとするたびに、欲しい言葉が見つからない。エルネストは小枝を動かし、描いた線を指でなぞった。
ヨハンはしばらく図を眺めていたが、やがて息子の顔を見た。
「小さく作ってみるか?」
「いいの?」
「動くかどうかくらいなら確かめられるだろう。ただし、家に帰ってからだ。ここじゃ馬も動くし、荷車の邪魔になる」
「うん!」
アールハイドは地面の曲がった線を見つめ、少し首を傾げた。
「下だけ動くようにするの?」
「うん。上は、なるべく動かさない」
「……それ、どうやるんだろうね」
エルネストは小枝を持ち上げた。
「作って見せる」
◇
帰り道、ルーカスはずっと荷車の話をしていた。
「俺たちも車輪を作ろうぜ! あんなに大きいやつ!」
「そんなの、どこに置くのよ」
リリーが呆れる。
「エルの家!」
「勝手に決めないでよ」
「エルは作るだろ?」
「……小さいのなら」
「なんだよ、小さいのかぁ」
ルーカスは肩を落としたが、すぐに「じゃあ先に小さいの!」と言い直した。
アールハイドはエナの手を引き、道の端の深い轍を避けて歩いている。エナが小石を拾おうとすると、足を止めて一緒にしゃがんだ。
「またね、エル」
「うん。またね」
友達と別れたあと、エルネストはヨハンの横を歩いた。
「父ちゃん」
「なんだ?」
「丸い木、ある?」
「どのくらいだ」
エルネストは両手で輪を作った。
「このくらい」
「あるにはあるが、何に使う」
「車輪」
「……あの荷車のか?」
「小さいの」
ヨハンはエルネストの腕の中の木箱へ目をやった。
「箱に車輪をつけるなよ」
「……つけないよ」
少しだけ考えたことがあったので返事が遅れた。
ヨハンがその間を見逃さず、口元を緩めている。
◇
家へ戻ると、グレタが鍛冶場から顔を出した。
「お帰り。塩はもうしまったよ。あんた、ずいぶん遅かったね」
「車輪、見てた」
「車輪?」
「揺れるの」
「……ははぁん? ヨハン、また何か見せたね?」
「俺じゃない。勝手に見つけたんだ」
「そりゃ結構」
グレタは笑ってから、エルネストの顔を覗いた。
「疲れてないかい?」
「うん。作りたいものがある」
「それなら、まず手を洗っておいで」
昼の残りのパンを食べてから、エルネストはヨハンの仕事場へ向かった。
ヨハンが出してくれたのは、小さな丸い木片二つと、まっすぐな棒だった。丸い木の中心には穴がある。試作で余ったものらしい。
「本物の車輪とは違うが、回るかどうかは分かる」
「うん」
棒へ木片を通す。回そうとすると、片方がすぐ引っかかった。
「こっち、回らない」
「穴が曲がってるな」
「削ればいい?」
「削りすぎると、今度はがたがたするぞ」
エルネストは鳥の木彫りを作ったときのことを思い出し、木片を目の高さへ持ち上げた。穴は確かに少し傾いている。道具を借りて直そうとしたが、先に鉛筆代わりの炭で印をつけることにした。
エルネストが穴の縁を少しずつ削り、ヨハンがずれを確かめる。いったん削り過ぎると戻せないので、何度も棒へ通して回した。ようやく二つの木片が引っかからずに回る。
棒の上へ小さな板を載せると、それだけでも荷車の形に見えた。
「動かすよ」
作業台に並べた細い木片を、道のでこぼこに見立てる。車輪を転がすと、板が跳ねて外れた。
「あ」
拾って、もう一度。今度は小さな石を載せてみる。段差に乗り上げた瞬間、石が転がり落ちた。
「やっぱり」
ヨハンが石を拾って返してくれた。
「で、これをどうする?」
エルネストは小さな板を持ち上げ、棒との間を空ける。細い木の削り屑を挟んでみたが、押すと潰れてしまう。少し硬い枝を曲げて入れると、今度は板が傾いた。
頭にあるなら、押せば滑らかに縮み、手を放せば決めた位置へ戻る。こんなふうに片側だけが沈んだりしない。
「……違うなぁ」
「どこが?」
「これ、押すと戻らない。こっちは片方だけ上がる」
ヨハンは枝を指で曲げ、離してみた。細い枝は少し跳ねて、元の形へ戻る。
「木でも戻るものはある。ただ、荷を載せて何度も揺らすと、どうなるかだな」
「折れる?」
「折れるかもしれん」
エルネストは枝を掌へ載せた。
薄い鋼を使えば、狙った動きにずっと近づけられる。何度も同じように曲がるようにするには、材質も熱の加え方も大切だ。
そこまでは分かる。
でも、手の中にあるのは枝一本。エルネストはそれをもう一度曲げてみた。
木の枝を掌で転がしていると、グレタが呼んだ。
「エル! ご飯だよ!」
「……もう?」
「もう、だ。続きは明日にしろ」
ヨハンが道具を片づけ始める。エルネストも棒から車輪を抜き、散らばった木片を拾った。
◇
夕食は豆の煮込みとパンだった。
卓の上から立つ湯気に顔を近づけると、食欲をそそる香りがする。昼間に嗅いだ香辛料は入っていない。エルネストは最初のひと口を食べ、それからグレタに尋ねた。
「母ちゃん、あの黒い粒、今日使わないの?」
「マティアスのところで見たやつかい? あれは肉のある日に試そうと思ってるんだよ」
「……豆にも合うよ」
「そうかい。じゃあ今度、少しだけ入れてみようかね」
「うん」
ヨハンがパンを割り、エルネストの皿へ半分置いた。
「車輪はどうするんだ?」
「また作る。今度は、曲がって戻るのをつけたい」
「そうか」
「父ちゃん、明日も手伝ってくれる?」
「仕事が終わったらな」
エルネストは頷いて、パンを煮込みに浸した。
口に運ぶと豆の温かさが広がり、思わずもうひと口食べた。昼間に思い出した食卓のことも、まだ覚えている。けれど今、向かいではグレタが今日の鍛冶仕事の話をし、ヨハンがそれに短く答えていた。
エルネストは皿を空にすると、グレタの方へ差し出す。
「もう一杯」
「よく食べるねえ。ほら、おかわり」
匙で豆をすくいながら、エルネストはさっきの曲がった枝を思い浮かべた。
あの枝では、思っている動きにならなかった。
今度は母ちゃんに、曲げても戻る薄い鋼を作れるか聞いてみよう。




