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エルネスト(仮)  作者: 腐った生ゴミ
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7話

第七話 曲がる鉄


 カンッ! カンッ!


 鍛冶場から槌の音が聞こえてくる。


 エルネストは戸口から顔を覗かせた。


 炉の前では、グレタが赤く焼けた鉄を叩いている。振り下ろされる槌に合わせて、火花が小さく散った。


「母ちゃん!」


「おや、エル。今日は早いね」


 グレタは鉄を持ち直し、もう一度槌を振るった。


「何か用かい?」


「薄い鋼、作れる?」


「薄い鋼?」


「うん。曲げても戻るやつ」


 グレタの槌が止まった。


「ああ、昨日の荷車かい?」


「そう!」


「ははぁ。今度は鋼が欲しくなったんだね」


 グレタは鉄を炉へ戻すと、手袋を外した。


「どんな形がいいんだい?」


 エルネストは両手を広げた。


「細長くて、薄いの。少し曲がってて……」


 指を弓なりに曲げる。


「押したら曲がって、離したら戻る」


「ふむ」


「何枚か重ねたい」


 グレタは少し考えた。


「できなくはないだろうけどねえ。どのくらいの重さを支えるつもりなんだい?」


「……まだ分かんない」


「そうかい。じゃあ、まずは小さいのを作って試してみるか」


 エルネストの顔が明るくなる。


「作ってくれる?」


「今すぐは無理だよ。仕事があるからね」


「……そっか」


「そんな顔しなさんな。端材なら少しあるよ。先にそっちで試してごらん」


 グレタは作業台の下から木箱を引き出した。


 中には、長さも厚さも違う金属の切れ端が入っている。


 エルネストはその中の細長い鋼片を見つめた。


「これ、使っていい?」


「どれどれ」


 グレタは鋼片を取り上げ、表面を確かめた。


「これならいいだろう。けど、端は鋭いからね。先に整えてやるよ」


 砥石で角を落とすと、鋼片をエルネストへ渡した。


「折れるまで無理に曲げるんじゃないよ」


「うん!」


 エルネストは鋼片を両手で持った。


 ぐっ、と力を込める。


 ほんの少し曲がった。


 手を緩めると、元の形に戻る。


「……おお」


 思わず声が漏れた。


 グレタが笑う。


「何だい。自分で欲しがったくせに、そんなに驚くのかい?」


「思ったより硬い」


「そりゃ鋼だからねえ」


 エルネストはもう一度、鋼片を見た。


 硬さだけなら、薄くすればいい。


 けれど、薄くしすぎれば荷物を支えられない。


 何度も曲げても壊れず、元の形へ戻ること。


 頭の中には、そのための材料も加工方法もある。


 問題は、この鋼がどの程度使えるかだった。


「母ちゃん、これ借りていい?」


「いいよ。使い終わったら戻しておくれ」


「分かった!」


 エルネストは鋼片を握り、ヨハンの仕事場へ向かった。


     ◇


「父ちゃん、これ!」


 ヨハンは削りかけの板から顔を上げた。


「鋼か?」


「母ちゃんにもらった」


「ほう」


「これを曲げて、どのくらい戻るか調べたい」


 エルネストは作業台に鋼片を置いた。


 両端を支え、中央へ重さをかける。


 どれだけ曲がったかを測り、重さを取り除いて元へ戻るか確かめる。


 そのための道具が欲しかった。


 説明を聞いたヨハンは、しばらく鋼片を眺めていた。


「なら、台が必要だな」


「うん!」


「ただ、今は仕事の途中だ。端材を使って自分で作ってみろ」


 ヨハンは小さな木箱を指さした。


「道具はいつものを使っていい。困ったら呼べ」


 エルネストは頷き、端材を選び始めた。


 頭の中には、試験台の形が浮かんでいる。


 二つの支えを置き、その上に鋼片を渡す。


 中央へ重りを載せれば、曲がり方を調べられる。


 難しい構造ではない。


 ……はずだった。


 トントン、カンッ。


 小さな槌で木を固定し、鋼片を載せる。


 中央へ石を置くと、鋼片がわずかにしなった。


「……よし」


 石を取り除く。


 鋼片は元へ戻った。


 もう一度。


 同じ石を載せる。


 ところが、今度は先ほどより大きく曲がった。


「……あれ?」


 石を取り除き、鋼片を確かめる。


 曲がったままにはなっていない。


 もう一度載せてみる。


 今度は、最初と同じくらいしか曲がらなかった。


「……なんで?」


 エルネストは鋼片を裏返した。


 結果は変わらない。


 支えの間隔を確かめる。


 大きくずれてはいない。


 石も同じものだ。


 何度も載せたり外したりしているうちに、何を確かめたかったのか分からなくなってきた。


 鋼の硬さが均一ではないのか。


 加工のときに何か違いがあったのか。


 それとも、内部に見えない傷があるのだろうか。


 思い当たる原因はいくつもある。


 けれど、どれも決め手に欠けていた。


「……うーん」


 エルネストは鋼片を睨んだ。


「どうした?」


 いつの間にか、ヨハンが隣に立っていた。


「同じ石なのに、曲がり方が違う」


「見せてみろ」


 ヨハンは試験台を覗き込んだ。


 エルネストが石を載せる。


 鋼片がしなる。


 石を取り除き、もう一度載せる。


 今度は曲がり方が違った。


 ヨハンはしばらく黙って見ていたが、台の片側を指で押した。


 コトッ。


 小さな音がした。


「……あ」


「ここが浮いてるな」


 ヨハンは台を持ち上げ、裏側を見せた。


 底の一部がわずかに削れすぎている。


 石を載せるたびに台が傾き、鋼片を支える位置が少しずつ変わっていた。


「……台が動いてた?」


「ああ。それに、こっちの支えも少し斜めだ」


 ヨハンは鋼片を取り外し、二つの支えを指さした。


「これじゃ、毎回同じようには曲がらんだろう」


 エルネストは黙り込んだ。


 台を安定させる必要があることは知っている。


 支点がずれれば、曲がり方も変わる。


 それなのに、鋼のことばかり考えて、足元を見ていなかった。


「……そっか」


 ヨハンは台を戻した。


「鋼を調べる前に、まず台を直すか」


「うん!」


 エルネストは道具を取りに走りかけ、途中で振り返った。


「父ちゃん、ここ、どう直す?」


「まず、どこが浮いてるか確かめるんだ」


 ヨハンは平らな板を一枚取り出した。


 試験台を載せ、軽く押す。


 カタ、カタ。


「ほら」


「……動く」


「削る場所を間違えるなよ。高いところを落とすんだ」


 エルネストは台の裏を覗き込んだ。


 ヨハンが炭で印をつけてくれる。


 そこを少しずつ削り、もう一度板へ載せる。


 まだ動く。


 もう少し。


 ようやく、台がぐらつかなくなった。


 支えの傾きも直し、鋼片を載せる位置に印をつける。


「これでどうだ?」


 ヨハンが尋ねた。


 エルネストは石を載せた。


 鋼片がしなる。


 石を取り除き、もう一度。


 今度は、ほぼ同じところまで曲がった。


「……できた!」


 思わず顔を上げる。


 ヨハンは小さく頷いた。


「よし。なら、続けてみろ」


 エルネストは鋼片を見つめた。


 さっきまで、鋼そのものが悪いのだと思っていた。


 けれど、原因は台だった。


 知っているはずのことなのに、実際に作ってみると気づけない。


 エルネストは試験台の底を指で撫でた。


 平らになった木の感触が、妙に嬉しかった。


     ◇


 夕方。


 グレタが仕事を終えた頃、エルネストは試験台を抱えて鍛冶場へ戻った。


「母ちゃん!」


「おや、どうだった?」


「これ、ちゃんと戻る!」


 エルネストは鋼片を見せた。


「でも、もっと曲がるのが欲しい」


「もっと?」


「うん。荷車に載せたら、これじゃ硬すぎる」


 グレタは鋼片を受け取り、指先で軽くしならせた。


「なるほどねえ」


「薄くすればいいと思うんだけど……」


「薄くするだけでいいのかい?」


 エルネストは少し考えた。


「……違う」


「だろうね」


「鋼の作り方も変えたい」


 グレタは鋼片を金床の上へ置いた。


「それなら、ちょっと見てごらん」


 箱から別の鋼片を取り出す。


 こちらも細長いが、色合いと表面の様子が少し違っていた。


「こいつは、さっきのとは作り方が違うんだ」


「……どう違うの?」


「火の入れ方さ」


 グレタは二本を並べた。


「同じ鋼でも、熱のかけ方や冷まし方で、硬さも粘りも変わる。硬けりゃいいってもんじゃないんだよ」


「うん」


「知ってるのかい?」


 エルネストは頷いた。


「でも、母ちゃんのやり方は知らない」


 グレタは一瞬、目を丸くした。


 それから、にやりと笑った。


「ははっ! そりゃそうだ。まだ教えてないからね!」


 エルネストもつられて笑った。


「見せて!」


「今日はもう火を落とすところだよ」


「……明日は?」


「仕事が片づいたらね」


 グレタは二本の鋼片を箱へ戻しかけて、手を止めた。


「そうだ。エル、明日は同じような大きさの鋼を二本用意してやるよ」


「本当?」


「ああ。違う火の入れ方をして、どんなふうに変わるか見てみようじゃないか」


 エルネストは思わず試験台を抱き直した。


「うん!」


「ただし、最初から上手くいくとは限らないよ」


「分かってる」


「ほう?」


 グレタは片眉を上げた。


「ずいぶん自信があるじゃないか」


「……失敗しても、また作る」


 一瞬の沈黙。


 次の瞬間、グレタが豪快に笑った。


「はっはっは! そうかい、そうかい! そりゃ鍛冶屋向きだ!」


 エルネストは少し照れくさくなり、試験台へ目を落とした。


 今日、鋼の曲がり方を調べることはできた。


 けれど、欲しい鋼にはまだ遠い。


 明日は、母ちゃんの仕事をもっと近くで見られる。


 どんなふうに鋼を作るのか。


 どこで火から出し、どう冷ますのか。


 頭の中にある方法と、同じところも違うところもあるだろう。


 エルネストは二本の鋼片を見つめた。


 その違いを、早く確かめたかった。


「エル、帰るよ!」


 外からヨハンの声がした。


「はーい!」


 試験台を持ち上げ、戸口へ向かう。


 少し重い。


 抱え直したところで、後ろからグレタが声をかけた。


「エル!」


「なに?」


「明日は、母ちゃんの言うことをよく聞くんだよ」


「うん!」


「鋼はね、知ってるつもりで扱うと、痛い目を見るからね」


 エルネストは頷いた。


 グレタは満足そうに笑い、炉の方へ戻っていった。


 外へ出ると、夕方の風が頬を撫でた。


 ヨハンが試験台の片側を持ってくれる。


「重いか?」


「……少し」


「そうか」


 二人で歩き出す。


 エルネストは腕の中の試験台を見た。


 朝にはなかった傷や炭の印が、あちこちに増えている。


 その中には、自分が失敗してつけたものもあった。


 けれど、どこを直したのかは、もう分かる。


 エルネストは指先で、台の裏側をそっと撫でた。

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