1話
拙いと思います。下手だとわかってます。
質問などあれば出来る限り答えようと思います。仕事の合間に書いているので時間が限られていて雑なところなどもあったりしますが、努力はします。
10/27編集
第一話 産声
息ができなかった。
空気を吸おうとしているのに、胸の奥が苦しくなるばかりで、何も入ってこない。手足を動かしてみようとしても、身体は自分のものではないかのように言うことを聞かなかった。
どうして動かないのだろう。何かを伝えたかった気もするが、声を出そうとしたところで、喉からは何の音も出なかった。
それでも、誰かに抱かれていることは分かった。
身体を包む腕は温かく、ときおり小さく震えていた。すぐ近くでは誰かが泣いている。何かを繰り返し呼んでいるようにも聞こえたが、途切れ途切れの声から、その言葉を拾うことはできなかった。
どうして泣いているのだろう。
理由は分からない。ただ、泣き声が聞こえるたびに、抱いてくれている人まで苦しんでいるような気がした。何とかしたかったが、指先ひとつ動かせない。
もう一度、息を吸おうとした。
やはり空気は入ってこなかった。それどころか、胸の苦しさとは別に、身体を包む腕の感触まで遠のいていく。泣き声も、すぐ耳元にあるはずなのに、ずいぶん遠くから聞こえるようになっていた。
まだ、ここにいたい。
何が起きているのかも分からないのに、それだけは強く思った。
最後に、誰かが何かを叫んだ。
その言葉を聞き取るより先に、声も温もりも、すべてが途切れた。
◇
ベウラルク村の外れに建つ一軒の家では、朝から慌ただしい声が続いていた。
寝台の足元には、村で産婆を務めるマティルディが座っていた。白髪の交じった髪を後ろにまとめ、用意しておいた清潔な布を手の届くところへ寄せている。普段は小さな畑の世話をして暮らす老婆だが、村で子供が生まれるときには、何度もこうして呼ばれてきた。
「グレタ、もう少しだ!」
「分かってるよ!」
寝台に横たわったグレタは、荒い息の合間に夫へ言い返した。汗で濡れた黒髪が額に張りつき、握りしめた寝具には深い皺が寄っている。普段なら鍛冶場で大きな槌を振るう彼女も、今ばかりは腹に走る痛みに顔を歪め、次の息を整えることで精一杯だった。
「ヨハン、声を張るより、しっかり支えておやり。グレタ、次の痛みが来たら、あたしの声を聞くんだよ」
マティルディは二人を見比べ、落ち着いた声でそう告げた。ヨハンが小さく頷く。グレタは返事をする代わりに、寝具を握り直した。
その傍らで、ヨハンは妻の手を握っていた。
何かしてやりたい。そう思っているのは、しきりに姿勢を変える様子からも分かる。だが、身体を起こそうとするグレタを支えたかと思えば、次には寝具を直そうとし、落ち着かない手ばかりが忙しく動いていた。
「ヨハン、落ち着きな!」
「……ああ」
「返事だけじゃなくて!」
「……すまん」
ヨハンはようやく動きを止めた。もっとも、妻が苦しそうに息をつくと、今度は握った手に思わず力がこもる。
「痛い!」
「……すまん」
「もう!あたしの手まで潰す気かい!」
グレタは夫を睨みつけたが、言い終わる頃には次の痛みが来たらしく、寝具を掴んで身を丸めた。
ヨハンは何か言いかけ、結局口を閉じた。代わりに握る力を緩め、彼女が手を離そうとすればすぐに離せるよう、そっと掌を添え直す。
どれほどそうしていただろう。
マティルディの声に合わせてグレタが力を込めた、そのあとだった。
「……生まれたよ。男の子だ」
産婆の両手に受け止められたのは、小さな男の子だった。濡れた黒髪が頭に張りつき、瞼は固く閉じられている。
けれど、いつまで経っても泣き声が聞こえてこなかった。
マティルディは赤ん坊の口元を布で拭い、呼吸を確かめると、背中を優しくさすった。もう一度、呼吸を確かめる。いつもなら真っ先に聞こえてくるはずの声が、今日に限ってない。
「……マティルディ?」
グレタの呼びかけに、産婆はすぐには答えなかった。赤ん坊の顔へ目を寄せ、小さな胸が動くのを待っている。だが、背をさすっても、足先にそっと触れても、反応がない。
ヨハンは妻の手を離して立ち上がった。
「息は……?」
「まだだよ。ヨハン、そこの布を取っておくれ」
差し出された布を受け取りながらも、ヨハンの目は我が子から離れなかった。マティルディが身体を温かく包み直し、何度も呼吸を確かめる。その指の動きが止まるたび、嫌な沈黙だけが部屋に残った。
しばらくして、ヨハンは産婆の手から赤ん坊を受け取った。小さな背中に掌を添え、顔を覗き込む。先ほどまでマティルディがしていたように、そっとさすってみても、反応はなかった。
「おい……」
呼びかけた声は、自分でも驚くほど掠れていた。
「……頼む。息をしてくれ」
赤ん坊の背を支える指が震え始める。ヨハンはそれを止めようとしたが、思うようにならなかった。
「ヨハン」
妻に呼ばれて顔を上げると、グレタが両腕を伸ばしていた。
「その子を、こっちに」
ヨハンは一瞬ためらった。何とかしなければという思いが、我が子を抱く腕を離してくれなかったのだろう。それでも、グレタの手が待っているのを見て、そっと赤ん坊を預けた。
マティルディは二人のすぐ脇に残り、赤ん坊の顔を見守っていた。
グレタは我が子を胸元に抱き寄せた。
小さかった。
鍛冶場で振るう槌とは比べものにならないほど軽く、手のひらで背中を支えるだけでも壊してしまいそうだった。普段なら重い鉄を何とも思わず持ち上げる手が、今はどこへ触れればよいのか迷っている。
温かい。ちゃんと、温かいのだ。
なのに、動かない。
「……おい、起きな」
頬に指を添え、顔を覗き込んでも、小さな瞼は閉じたままだった。
「エルネスト。母ちゃんだよ」
生まれる前から、ヨハンと二人で決めていた名前だった。何度も口にしてきたはずなのに、こうして本人へ呼びかけると、なぜかまるで違う響きに聞こえた。
「ほら、泣きな。母ちゃんが抱いてるんだからさ」
いつもの調子で言おうとしたのに、語尾がうまく続かなかった。
ヨハンが傍らに膝をつき、赤ん坊の小さな手へ触れる。握ってやりたくても、その手は指を握り返してくれない。
グレタはもう一度、名前を呼んだ。
「……エル」
ここにいるよ、とでも言うように胸へ抱き寄せる。返事のない我が子に何を言えばよいのか、もう分からなかった。
「頼むよ……」
頬を伝った涙が、赤ん坊の肌へぽたりと落ちた。
◇
苦しかった。
また息ができない。手足も思うように動かず、声を出そうとしても音にならなかった。
けれど、先ほどまでとは何かが違う。
身体を包む温かな腕。すぐ近くで聞こえる泣き声。どちらも覚えがあるのに、抱きしめる力も、聞こえてくる声も、同じではなかった。
この人じゃない。
そう感じた途端、では、さっきまで抱いてくれていたのは誰だったのだろう、という疑問が浮かんだ。
思い出そうとしても、うまくいかない。声も顔も曖昧で、確かなのは息ができなかった苦しさと、そこにいたいと願ったことだけだった。
「……エルネスト」
今、身体を抱いている人の声がした。
知らない声だった。いや、知らないはずなのに、その響きに不思議と身体を向けたくなった。
頬に何かが触れる。
温かい雫だった。
また誰かが泣いている。その理由は分からないが、さっきと同じように、このままではいけない気がした。
息をしなければ。
どうすればよいのかは分からない。それでも、身体の奥で何かが動こうとしていた。胸がわずかに引きつり、閉ざされていた喉の奥が開く。
「――っ!」
冷たい空気が、一気に流れ込んできた。
苦しかった。やっと息ができたはずなのに、胸の内側がひりつくように痛む。驚いてもう一度空気を吸うと、今度は喉から、今まで出せなかった音が漏れた。
「ヨハン!」
すぐ近くで大きな声がした。
「ぁ……あぁっ!」
声は止まらなかった。息を吸うたびに胸が膨らみ、吐くたびに喉が震える。自分でも何が起きたのか分からないまま、小さな身体は力いっぱい泣いていた。
「……泣いた」
ヨハンが呟いた。赤ん坊の胸が上下するのを確かめるように見つめ、その口元がわずかに緩む。
「泣いた……!ヨハン、泣いたよ!」
「ああ……!」
マティルディも身を寄せ、赤ん坊の呼吸を確かめた。胸が上下するたびに声が上がる。産婆はようやく肩の力を抜き、グレタへ頷いてみせた。
「大丈夫、息をしてるよ。しっかり泣いてる。……よかったねえ、グレタ」
グレタは泣いている我が子を胸へ抱き寄せた。笑おうとしているのに涙が止まらず、何度も小さな背を撫でている。
ヨハンも二人へ腕を回し、包み込むように抱きしめた。先ほどまであれほど落ち着かなかった手は、今度は静かに妻と子供を支えていた。
「エル……よかった……」
赤ん坊はまだ泣いていた。
目を開けることも、何が起きたのかを知ることもできない。ただ、身体を包む腕の温かさと、すぐ近くで何度も呼ばれる声だけは感じていた。
「エルネスト」
グレタがもう一度名前を呼ぶ。
その声に応えるように、男の子はまた大きく息を吸い、産声を上げた。
タイトル名どうしよ…
ちょこちょこ書き直したりしてます




