2話
目が覚め、カーテンを開けると、別の世界だった。
村の外れにいきなり現れた私の家に、現地人たちは騒然としていた。
そう、私の異世界転移は家まるごとだった。
言葉は何故か通じた。最初は私を恐れていた現地の人たちとも、交流を重ね、次第に距離が縮まっていったように思う。
そして、この世界について少しずつ知っていった。
この世界は、まるで中世ヨーロッパのようだった。
よく異世界転移モノや異世界転生モノで見かけるような中世ヨーロッパ風異世界は、中世というよりは近世ヨーロッパの方が近いと私は思っている。服装や建築、食文化などなど。更に、衛生観念や考え方はなんなら現代的だったり、更には魔法やら勇者だ魔王だ⋯とファンタジー的な要素があることが多い。
でもこの世界は、そのお約束を見事に裏切っていた。やはり異世界、宗教はこちらとは全く違ったので、そこに纏わる違いはある。むしろそれが無ければ私はここが異世界とは思わず、『中世ヨーロッパ』に『タイムスリップ』したと勘違いしてたと思う。この村が田舎なのもあるかもしれないが、そこまで異国の風俗に詳しくない私もこれは近世ではないと察した。そして異世界といえど、ここには魔王も勇者も聖女も魔法も、エルフやオークも獣人もいない。
この村にいるのは、こういっては何だが⋯野蛮で不潔で、その日生きるのにも必死な小作人たちだった。
家ごと異世界転移したことに、私は普段は大して信じてもいない神に深く、それはもう深く感謝した。異世界からこの感謝が届くかは知らないが。身一つで放り出されていたら、私は多分一日で死んでいた。
私の家は現代日本の片田舎の2階建て一軒家だった。その家ごと異世界に来たわけだが、不思議なことに電気もガスも水道もインターネットも使えた。
神様からのプレゼントなのか特典なのか詫びなのか、会ってもいないし言葉も交わしていないから分からないが。
最初こそ基本引きこもって過ごしていたが、その間に分かったことがいくつかあった。
電話やメールは繋がらない。SNSは開けるが、更新できないし更新されない。ネットショッピングしたものは玄関に現れる。
この家は「2026年4月1日」を永遠に繰り返していた。毎日日付が変わる0時にリセットされる。それは家の中の状況やスマホに表示される日付だけではない。
私と、そして共に異世界転移した飼い猫の黒猫・ミミは年を取らなかった。
1年や2年なら大して変わらないが、十年経っても二十年経っても私は見た目が28歳から変わらず、大人の猫であるミミは死なないし毎日元気だった。
そんな私や私の家、ミミ、そして私の持ち物や知識。それを畏怖して村人たちはいつからか私を魔女と呼ぶようになっていた。
母乳が出ないと泣く女を見かねて粉ミルクなどを用意すれば魔法の粉(言い方が良くない)と感謝された。
脚気などに苦しむ人にアドバイスを与えれば魔女の知識だと言われた。
農作や衛生、困りごとの対処など相談に乗り続けるうちに村は豊かになり、私は魔女と崇められるようになった。この世界では宗教の違いからか、魔女狩りなどが行われていないのが救いだった。
30年村で過ごしていた私のもとに、噂を聞いた王女がやってきた。
キアラ・エメルディア。美しい金髪のウェーブヘアに、鮮やかな赤と緑のオッドアイが特徴的な幼い少女。もちろん護衛や召使いたちは連れていたが、王都から離れたこの村まで来た時点でとんでもないお転婆でじゃじゃ馬だった。
突然の訪問で大したもてなしもできなかったが、炊飯器ホットケーキとアイスティーに彼女は何らかの感銘を受けたらしい。
「決めたわ!あなたは今日からこの国の宮廷魔術師よ!」
「私、魔法なんて使ったことありませんが………」
「こんな暑い季節にこんなに冷たい飲み物を出して、こんなに美味しいケーキを出せて、これが魔法じゃなかったら何が魔法なの?」
押しに弱い私は強引に宮廷魔術師にされた。それでも数日に1回は家に帰った。この家は私の城だ。何より、自動給餌器や自動トイレ、浄水器なども毎日リセットされるとはいえミミが心配だったからだ。
毎日のように私につきまとうキアラ王女は、私にとって妹のような、姪のような、なんなら娘のような存在だった。
城の暮らしは退屈なのか私にやたらとつきまとう。大変だったが嫌ではなかった。
王や大臣にしていた私のアドバイスや知識がうまいこと役に立ったのか、村だけでなく国も豊かになっていった。
宮廷魔術師になって10年、この世界に来て40年経ったある日、隣国からの書状が来た。
内容を要約すると「王国は悪の魔女に乗っ取られている」「我が国や近隣諸国が飢饉や飢えに苦しむ中、王国だけが大した被害を受けていない」「この飢饉は王国の魔女の呪いだ」「魔女を差し出さねば侵攻する」というもの。私は乗っ取った覚えも何かに呪いをかけたこともない。責任転嫁もいちゃもんもいいところだった。
だが、戦争を受け入れられない程度には私にはこの王国への愛着がもう湧いてしまっていた。
40年この世界で過ごした。見た目こそ28のままだが、私はもう68歳。
ミミのことをある村人に託した。穏やかで心優しい一家に、「暫く帰ってこれないからミミのことを頼む」と鍵と家とミミを託した。
そして私は、「少し出かける」とだけキアラ王女に伝え、一人隣国へ向かった。
私一人の命で無意味な戦争をしなくて済むなら、それで私の人生には大きな価値がある。
そう思った。
そして私は隣国で処刑された。
そのはずなのに。
飛んだはずの首が繋がっている。触ると首筋にざり、としたかさぶたのような感触。切断痕だった。
目の前に知っているのに知らない人間がいる。
私の「姫様…?」という呼びかけに頷いた男は、どう見てもキアラ王女とは全くの別人で似てるところなどない。そのはずなのに、目と手の握り方が同じだった。
私を宮廷魔術師にすると言った時の、あの無遠慮だけど優しい手の握り方。
男が口を開く。
「そうです。俺は……わたくしは、キアラです。…千年。魔女様を生き返らせるまで、千年かかりました。」
「今の俺は、ヴェルディス・エメルディア。エメルディア帝国の、皇帝です。」




