3話
脳内には疑問と混乱しか浮かばない。
何故私はここにいて生きている?生き返らせた?どうやって?千年?ここは魔法のあるような世界じゃ無かったはずだ。いや、そもそも隣国で死んだ私の遺体をどう回収した?今の私はゾンビということか?
そして、キアラ王女は何がどうしてそうなった?小柄で金髪ウェーブヘアを長く伸ばしたお人形のようなあのお姫様は?19歳のあのお姫様は?
目の前にいる男は背が高く、しっかりした身体つきで年齢は20代後半から30歳ちょっとだろうか?という年頃。キアラ王女とは似ても似つかないのに、目だけは同じルビーとエメラルド。いや、そもそもこの男…ヴェルディスとやらはキアラ様なのか?キアラを名乗る別人では?カラコンか?
「…混乱するのも無理はありません。魔女様、まずは立てますか?」
そこで自分がいたのが硝子の棺だったことに気づく。いや、白雪姫じゃないんだから……。
立ち上がると少しくら、としたが、ヴェルディスが私を支えた。
「首を繋ぎ直した後遺症でしょうか。すこし立ちくらみがあるようですが、心配ありません。馴染むまでもう少しかかるのでしょう」
ヴェルディスが私をそのままお姫様抱っこした。…待て!いい歳こいて今更イケメンにお姫様抱っこされてどうするんだ!恥ずかしい!
「大丈夫!歩けるからおろして…!」
「いえ、いけません。暫くはリハビリも必要かもしれませんね。それに喉も乾いているでしょう。一旦お茶を飲みましょう」
階段を登っていく。私たちは地下にいたのか、ということに今更気づいた。千年。………千年?
「……ミミは!?生きてるの?それとも…」
黒猫のミミ。私の大切な飼い猫。完全室内飼いだったから、私の住む『魔女の家』にずっといたはずだ。自動給餌器や浄水器、自動トイレなどを置いていて、それも家のリセット対象だった。だから、家がまだ機能していて家の中にミミがいるならミミも…。いや、それとももう家は千年も経ったなら無くなってるのだろうか。近所の村人…赤毛のフェリス一家に、たまにミミの様子を見てくれと鍵を渡したが……あぁ、ミミは、家はどうなってるのだろうか。
「…ミミはおそらく生きています。魔女様の家も変わりなく残っています。それも落ち着いたらお話しますから」
「おそらく?」
「ええ。毎日窓からミミが外を見ているのが確認されています。…ですが、魔女様の家に入って確認したわけではないので、おそらく…です」
「鍵は?」
「鍵は管理している者がいます。大丈夫です、魔女様の家を荒らすものなどこの千年いませんでしたよ。だから落ち着いてください」
その言葉に少しだけホッとした。確かにミミは外を見るのが大好きだ。……それにしても、ヴェルディスの言葉通りならミミは千年生きてるのか。もう尻尾が9つくらいに割れているかもしれない。
そんなことを考えていると、私は豪奢な部屋に通された。これなんて言うんだろう…ロココ調?ソファに座らされる。
「おい。茶と茶菓子を持ってこい。胃腸に優しいものだ」
ヴェルディスがドアの外に向かって声をかける。
ちらちらと部屋を見回す。天井には豪奢なシャンデリア、壁には見たこともない絵画。私の知るあの頃の王城とは比べ物にならない。
少ししてクッキーとハーブティーが運ばれてきた。メイドさんに「ありがとうございます」と言うと彼女は少し驚いた顔をしてサッと立ち去った。
「さて。何から話しましょうか……。話したいことはたくさんあったのに、いざその時になると言葉がなかなか…」
「まず何があったのか教えて。…私が隣国で処刑されてから、千年経ったんでしょう?その間に何があったのか、順に」
「順に…ですか。わかりました」
ヴェルディスが長い足を組む。王女様…キアラは足を組むことはなかった。
「千年前。あなたは…魔女様は、…何も言わず隣国に行きましたね。村の者には『暫く帰れないからたまにミミの様子をみてほしい』とだけ。私…当時は王女のキアラでしたね。キアラには『少し出かける』とだけ告げて。私はそれを信じて愚直に待っていました。きっとすぐに戻ると思って、ね。」
「……ごめん」
「いいえ、謝ることはありません。あの頃は理解できませんでしたが、我がエメルディア王国は当時弱小国の1つでした。他国と違い飢饉に遭わずに済んだとはいえ、戦争になると負けるに決まっていた。……当時私はあの隣国の王子との婚約もありましたからね。平和主義の貴方が自分を犠牲にするのは…納得はできませんが、今は理解できます。」
ぎゅ、とヴェルディスが両手を握り額に当てる。
「あなたの死後、私は魔法に目覚めました。いえ、わが国を中心にあらゆる場所で魔法に目覚める者が現れました。後に『魔法爆発』といわれるものです」
「…は?魔法?」
「魔法です」
「は??」
この世界には魔法なんてものは無かったはずだ。魔法もない、エルフやオークや妖精もいない、普通のガチ目に中世ヨーロッパ風だった異世界。
だから私のような現代人の知識や持ち物が魔法と呼ばれていた。いや、まぁ私が老けないことやミミが死なないこと、あの家のことは魔法のようだと私も思うけど。それでも、それだけだったはず。極端に進んだ科学は魔法と見分けがつかない、みたいな話を聞いた事がある。それで私は魔女と呼ばれたのだ。
それなのに…魔法に目覚める者?
「なので、私は魔法で隣国を滅ぼしました」
「は???」
「魔法で隣国を滅ぼしました。私…当時王女だったキアラが、一人で」
「は??????」
何を言ってるんだこいつは。あの虫一匹殺せないキアラ王女が、魔法で隣国を滅ぼした?歳も離れたブサイクで太っててハゲでチビで性格の悪い隣国の王子との婚約を、表面上は大人しく受け入れながらも裏ではあんなに泣いて嫌がっていた、普通の女の子のキアラが?
「隣国を滅ぼし、あなたの死体…ギロチンで切り離された首と体を回収しました。そしてあなたの死体が腐らないように魔法で保護し、あなたの首を繋げました」
「え…?いや、いやいや。キアラ?姫様?」
「……えぇ、そう呼ばれるのは懐かしいですね。私を呼び捨てにするのは親以外ではあなただけでした」
「いや、そういう話じゃ…」
なんてグロい話をサラッとするんだ。そして私はなんてものをあの純真無垢な少女に見せてしまったんだ。
「そしてあなたを蘇生させようとしましたが…さすがにそれは難しく。研究を続けましたがなかなかうまく行きませんでした」
「それはそうだろうね??」
漫画や映画で魔法があるものでも、人を生き返らせるのは無理だったり禁術だったりする。そもそも死人を生き返らせるなんて普通にありえないし人智を超えている。でも今、あの日首を落とされたはずの私はここで呼吸をして、茶を口に運んで、会話をしている。首にある傷跡を無意識に撫でていた。ざり、としたかさぶたのような質感。
「そして私は蘇生研究の邪魔をしてきた父王を殺し」
「うん?」
「女だからと王位継承権はないと言ってきたあらゆる貴族や親類を処分し」
「処分?」
「女王となり、魔法と魔法兵を使い領土を拡げ、脅威を消し、研究に集中できる環境を用意し」
「女王?」
「そして、死ぬ前に自らの魂に呪い(まじない)をかけました」
「…まじない?」
「そうです。魔女様蘇生の研究には人ひとりの人生程度じゃ足りなかった。だから魔法をかけたのです。この国が続く限り、この国の王族に転生し続ける呪いを」
「……転生?」
それは最早呪い(まじない)じゃなくて呪い(のろい)じゃないのか?
「そうですね……10回近いでしょうか。何度も私はこの国の王族…いつからかは皇族として生まれ、皇帝として、女帝として、何度もこのエメルディア魔法帝国の頂点に立ち、あなたの蘇生のために研究を続けました。千年。」
「…………」
「そして遂にあなたの蘇生に成功しました。簡単に話すとそんな話です」
「……………」
あっさりと話すヴェルディスに開いた口がふさがらない。そんな「こないだうちの猫が服にゲロ吐いて〜」とかみたいな雑談みたいな顔で話す内容ではない。ヴェルディスはクッキーを優雅に口に運んでいるが、千年食べてなかったはずなのに食欲もわかない。いや、千年間私は死んでたからお腹ペコペコになってるわけはないのだが。いやでも、死ぬ前牢獄にいたから食べてなかったな…。………やっぱりお腹ペコペコなのにそれでも食欲のなくなる話だった。
「……えーと、つまり…私を生き返らせるためにキアラ王女は千年転生と研究を続けて……貴方が、今のキアラ?なの?」
「そうです。私は元々はエメルディア王国の王女、キアラ・エメルディア。今はこのエメルディア魔法帝国の皇帝、ヴェルディス・エメルディアになったというわけです」
頭の痛くなる話だった。だが、今ここに私がいる。それが何よりの証拠だった。




