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【連載番】「次の婚約者」もちろん、当然のようにお断りします  作者: 堀吉 蔵人
姉の婚約破棄に小躍りしていたら、次の婚約者に私が指名されました――もちろん、当然のようにお断りします

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第二話 もちろん、当然のようにお断りします

 

「お断りします」


 親鳥が運んできた餌を食べる雛鳥でも、ここまで早く口は開けないと思う。


 広間が静まり返った。


 エドガーは口を半分開けたまま固まっている。まだ告白も指名もしていない、という顔だ。


 その点については申し訳ない。


 けれど、言われてから断っても、言われる前に断っても、結論は同じである。


 ただ、少しだけ早すぎた自覚はある。


「……ミレイユ?」


「もちろん、当然のようにお断りします。私はお姉様の代わりではありませんし、あなたの“次”でもありません」


 エドガーは、まだ状況を飲み込めていないようだった。


 無理もない。今まで彼の言葉に即座に逆らう女など、あまりいなかったはずだ。ましてや、彼が何かを言い切る前に断る女は、もっといなかったのだろう。


 私だって、普段から人の話を遮っているわけではない。礼儀は大切だ。


 ただ、蛇がこちらを丸呑みにしようとしている時に、蛇の挨拶が終わるまで待つ必要はないと思っている。


「君は誤解している。私は君の強さに惹かれたのだ」


「そうですか」


「リリアーナはよくも悪くも穏やかすぎる。だが君は違う。君なら私の隣に立っても、退屈しない」


 姉が隣で小さく息を吸った。


 それは傷ついた音にも、何かに気づいた音にも聞こえた。


 私は、エドガーから目を逸らさなかった。


「つまり、お姉様を婚約破棄したその場で、今度は妹を選ぶとおっしゃっているのですね」


「その言い方は悪意がある」


「悪意はありません。確認です」


「ならば、こう言おう。私はリリアーナではなく、君を選ぶ」


「お断りします」


 二度目なので、少し言いやすかった。


 人は慣れる生き物である。


 ただ、できればもっと別のことで成長したかった。


「だから、なぜだ。君はいつも、私を見ていただろう」


「見ていました」


 私は頷いた。


「ですが、それは好意ではありません。私はあなたを見張っていました」


 広間が、少し静かになった。


 エドガーの顔から、余裕が薄れた。


「見張っていた、だと」


「はい。お姉様の好きな色が消えた日も、手紙を読む前に深く息を吸うようになった日も、あなたに会う日の朝だけ食事を残すようになった日も。私は全部、見ていました」


「そんなものは君の勝手な思い込みだ」


「そうかもしれません」


 私はそこは否定しなかった。


 私は姉ではない。姉の心の中までは分からない。だから、私が見たものは私の側からの景色でしかない。


 けれど、お姉様が笑わなくなっていったことまで、見なかったことにはできない。


「お姉様は、あなたに会うたび少しずつ笑わなくなりました。あなたはそれに気づきませんでした。気づかなかったのなら、婚約者として不誠実です。気づいていてそのままにしたのなら、人として不愉快です」


 エドガーが息を呑んだ。


 周囲の誰かが、小さく咳き込んだ。


 私は大真面目だった。


「どちらにしても、私があなたと結婚したいと思う理由にはなりません」


「君は……」


「それから、私は強いから選ばれたいわけではありません。あなたに退屈されないために生きているわけでもありません。お姉様を退屈と呼ぶ方の隣に、私が立ちたいと思う理由がありません」


 少し言葉が多かったかもしれない。


 けれど、先ほど彼の言葉を途中で切った分、これくらいは説明してもよいだろう。


「以上です」


 エドガーが、初めてはっきりと苛立った顔をした。


 それを見て、私は少しだけ納得した。彼は相手が自分の思った形に変わっていくのを見るのが好きなのだ。けれど相手が最初から動かないと、すぐに苛立つ。


 姉は、この顔を何度見たのだろう。


 それとも、見ないふりをしてきたのだろうか。


「リリアーナは私に尽くすことを喜んでいた。君が横から勝手に決めつけているだけだ」


 その瞬間、父が低い声を出した。


「ミレイユ、待ちなさい」


 私は振り返る。


 父の顔はまだ青かった。けれどその目だけは、すでに計算を始めていた。


 姉の婚約は破棄された。けれど妹が代わりに嫁げば、侯爵家との縁は残る。夜会の醜聞も、少しは形を変えられる。ベルク伯爵家の面目も、完全には潰れない。


 父が何を考えているのか、私には分かった。


 きっと、母にも分かった。


 そして少し遅れて、姉にも分かった。


「侯爵令息がそう望まれているのなら、一度話を聞いてもよいのではないか」


「お父様」


「家のことを考えなさい。ここで完全に縁が切れれば、ベルク家の立場はどうなる」


「私を差し出して縁を残す、という意味でしょうか」


「差し出すなどと、人聞きの悪いことを言うな」


 父の声は低く整っていた。


 怒鳴らないぶん、娘を家の部品として扱う意思だけが、はっきり聞こえた。


「これは家同士の話だ。リリアーナとの婚約が破談になった今、こちらから代案を示せるなら、それに越したことはない」


「代案……」


 私はその言葉を繰り返した。


 あまり人間に向けて使う言葉ではない。少なくとも、娘に向けて使う言葉ではないと思う。


「お父様は、私を代案として扱っていらっしゃるのですね」


「言葉を選びなさい」


「選んだ結果です」


 父は唇を引き結んだ。


「ミレイユ。これは感情の話ではない」


「私の結婚は、私の感情と無関係に決めるものなのですか」


「家の娘として生まれた以上、果たすべき務めがある」


「その務めは、今ここで、姉を捨てた方の隣に私が立つことですか」


「侯爵家との縁を失うことの重さが分からないのか」


「娘を二人続けて差し出そうとすることの重さは、分かっていらっしゃいますか」


 父は答えなかった。


 答えなかったので、答えたのと同じだった。


 母が、おろおろと私と姉を見比べる。


「ミレイユ、今すぐ決めなくてもいいのよ。エドガー様も、あなたを評価してくださっているのでしょう。リリアーナは残念だったけれど、あなたなら、もう少し上手く――」


 その言葉が終わる前に、姉の肩が小さく揺れた。


 さっきまで婚約破棄された本人だった姉は、まだ何が起きたのか理解しきれていない顔をしていた。目の前で長年の婚約を捨てられ、好奇の視線を浴び、父母がその縁を保つために妹を差し出そうとしている。


 ひとつずつなら、理解できたかもしれない。


 けれどそれが一度に押し寄せたせいで、姉の表情はまた白くなっていた。


 それでも、母の「あなたなら、もう少し上手く」という言葉を聞いた瞬間、姉の瞳にゆっくりと焦点が戻っていく。


 自分が抜けた場所に、私が押し込まれようとしている。


 たぶん、そのことに気づいたのだ。


「……お母様」


 姉の声は、かすれていた。


 とても小さな声だった。


 けれど、私には聞こえた。


「ミレイユを、私の代わりにしないでください」

お読みいただきありがとうございます。


次話では、婚約を破棄されたリリアーナが、自分の言葉で妹を守ります。

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