八話「出口」
絵の中は紫色の空間だった。
空中に浮遊しているのかもわからない。
アリスは、とにかく腕にしがみついた。
「落ち着いてくれ、もうすぐ着く」
紫色の空間から、頭の声が聞こえた。
次の瞬間、
紫色の空間がぐちゃぐちゃになり、思わず目を閉じた。
「着いたぞ!」
アリスを床に降ろしながら、頭が言った。
「同じ場所じゃないの?」
アリスは辺りを見回した。
見慣れた廊下の上に立っていた。
「それじゃぁー、お休み。」
頭は大きなあくびをして、絵の中に帰った。
アリスがあっけにとられて、茫然していると、
四本の腕が、それぞれ別の方向を指さした。
絵の中から、「出口は、あっち。ひたすら進め」
と言い残し、腕は消えた。
「出口は、どこ? 最後まで案内してよ、ここはどこなの? うそつき!」
アリスは絵を叩きながら、叫んだ。
その後も絵を叩いたり、蹴ってみたが反応はなかった。
諦めて、アリスは出口を探した。
左か右か。
アリスは首を振りながら、辺りを見回した。
突然、
「ゴーン、ゴーン」
鐘の音が廊下に鳴り響いた。
「正午のお報せかしら」
アリスは時計に、目を向けた。
綺麗な振り子時計が、十二時を指していた。
アリスは違和感を覚えて、
もう一度、時計を見た。
「ガラスが割れてない。
振り子も、時計の針も動いてる」
「ここは、どこなんだろう?」
「さっきの廊下? 違う場所なの?」
疑問が次々に浮かんだ。
廊下を入念に観察した。
絨毯は汚れがなく綺麗。
壁に掛けられた、蝋燭の炎も明るい。
甲冑と剣は錆びも汚れもなかった。
立派な騎士みたいに、堂々と飾られていた。
アリスは剣に近づいた。
「この剣は砕けていたはず。形は同じ、だけど綺麗」
アリスは武器にしようと、剣の柄を握った。
しかし、甲冑が握る手から剣は奪えなかった。
こんどは、眉間にしわが寄るほど力を込めた。
それでも抜けなかった。
アリスは諦めた。
「嫌なドアノブの顔も、綺麗になったのかな?」
アリスは、にやにやと笑みを浮かべた。
鼻歌を歌いながら、歩みを速めた。
どんなに歩いても、扉が無くなっていた。
歩けど、歩けど、同じ光景が続いていた。
アリスが考え込んでいると後ろから、
「ガシャン、ガシャン」
大きな金属音が聞こえてきた。
アリスは音と反対方向に逃げた。
「痛い!」
アリスは足を滑らして転んだ。
絨毯に足を取られたのだ。
足元の絨毯は、よだれを垂らしたようにぬめっていた。
「ガシャン、ガシャン」
音は、先ほどよりも近かった。
アリスは慌てて振り返った。
「ガァン!!」
次の瞬間、
目の前に剣が振り下ろされた。
衝撃でアリスは吹き飛ばされた。
剣は絨毯を貫き廊下の床に突き刺さった。
振りかざしたのは、立派な甲冑を着た騎士だった。
アリスの顔は青ざめ、その場から動けなくなった。
突然、
館が大きく揺れた。
「ウオォーーー」
どす黒い怪物のような呻き声が、館内すべてを震わせていた。
騎士は、音など気にしないで剣を抜こうとしていた。
今なら逃げられる。
アリスは立ち上がり、全速力で走った。
アリスの心臓はばくばく悲鳴を上げていた。
息が上がり、呼吸が苦しかった。
それでも、永遠につづく廊下を走った。
突如、目の前に壁が立ちふさがった。
「なんで?なんで、いつもこうなの? ふざけないで」
アリスは勢いを殺そうと踏ん張った。
だが、間に合わない。
「ゴオオオォォ」
地面を振動させるほどの、低い音が鳴り響いた。
壁が震え、扉みたいに開いた。
アリスは、壁の出口を通って外に出た。
日の光が眩しく、目を閉じた。
大きく、深く、息を吸い込んだ。
新鮮な空気が、口から肺に届いた。
「おいしい」
アリスは何度も息を吸い込んだ。
目を開けたアリスは息を呑んだ。
庭園は言葉にできないほど、美しかった。
緑が生い茂り、色彩豊かな花々が咲いていた。
庭園の中央には円形の素敵な石造りの噴水があった。
流れる水の音が、アリスを癒した。
アリスの頬にも、水が流れていた。
突然、
アリスが見ていた庭園の上下が逆さまになった。
違う。
アリスが逆さまになっていた。
舌の様な絨毯が体に巻き付き、アリスを持ち上げていた。
絨毯は、館から出てきていた。
アリスは声を出さなかった。
抵抗もしなかった。
ただ、絨毯に体を預けた。
絨毯はアリスを勢いよく館の中に引き込んだ。
アリスは、
また、
館に喰われた。
館の中から陽気な音楽が流れてきた。
館は音楽に合わせて、
満足そうに震えた。




