七話「廊下」
「また、死んだの?」
聞き覚えのある女性の声が聞こえる。
「次は、永く生きてね。」
そう言われた気がする。
女性の声は次第に遠のいていった。
声が聞こえなくなると、アリスは息を吹き返した。
冷たい床が不思議と、アリスの頬に温もりを与える。
くらくらする頭を支え、ゆっくりと上体を起こした。
アリスは綺麗な爪で、頬をつねった。
痛みを感じたが、もっと力を強くした。
激しい痛みを感じた。
それでもかまわず、力を込めた。
できなかった。
アリスの本能が、力を制御した。
夢なら本能に逆らうこともできるはずだった。
そう思っていたアリスは、頬から手を離した。
「夢?それとも現実?」
アリスは、弱々しく言った。
「もう、なんなの!!」
アリスの金切り声が、部屋を満たした。
驚いたのか、蝋燭の群れが部屋の中から出ていった。
部屋の光がなくなり、暗くなった。
空いているドアの隙間から、蝋燭がアリスの機嫌を伺う。
静寂、暗闇、淡い光。
その光景がアリスの冷静さを引き戻した。
「ここは、さっきの部屋?」
辺りを見渡し、アリスは疑問に思った。
丸い机も、割れた瓶のかけらもない。
嫌いな顔だけが満足そうに眠っていた。
その先に、揺れ動く蝋燭。
部屋の外に、見覚えのある光が揺れている。
「蝋燭!!」
アリスは感情を高ぶらせて、思わず立ち上がった。
扉が開いていた。
当然のように、アリスは舌を出して眠っている顔を煽った。
飛び跳ねるように、部屋から出た。
部屋を出た、アリスの近くに蝋燭が集まってきた。
「ありがとう」
アリスは、陽炎の群衆に感謝を述べた。
扉の外は、館の廊下だった。
壁には燭台が等間隔に並び、廊下を淡く照らしている。
「この子たちは、動かないの?」
アリスは不思議そうに、壁の燭台を見つめた。
床には赤い絨毯が敷かれていた。
誰も手入れしていないのか、家の絨毯よりも汚かった。
廊下を進むと、錆びた剣や甲冑が並んでいた。
アリスは剣を手に取り、持ち上げた。
「重い。」
アリスは思わず剣を離した。
「カラーン」
剣は床に落ちた。
ひどく錆び付いていたのか、刃は砕けた。
「残念、、バイバイ」
アリスは、得意げに手を振った。
武器が他にないか、周辺を探した。
古びた大時計が置かれていた。
ガラスは割れ、振り子はむき出しで止まっていた。
少し歩くと目の前には壁。
「ここで、行き止まり?なんで? 扉も、窓も、上の階へ続く階段すらないの?」
アリスは、まくし立てるように言った。
壁には巨大な絵画が飾られていた。
その絵画は、紫色の油彩で塗りつぶされていた。
「なに、この絵。作者の才能はないね。
うーん。でも、この奇妙な館にはお似合いね」
アリスは、皮肉たっぷりに言い放った。
沈黙だけが、無機質な廊下に流れた。
絵画の奥に隠し部屋が存在する。
そう確信した。
額縁を引いたが、絵画はびくともしなかった。
仕方ないのでアリスは、砕けた剣を持ってきた。
「持ってくるの大変だったんだから、外れてよね」
アリスは楽しげに呟いた。
剣の切っ先を壁と額縁の隙間に差し込み、力を込めた。
「痛いから、やめてくれ」
すぐ近くで、男の声がした。
アリスは慌てて剣を引き抜いた。
いつでも振り下ろせるように、重い剣を構えた。
「ニュルル……」
次の瞬間、絵画の中から紫色の頭が飛び出した。
頭には、目も耳も鼻もない。
大きな口だけがあった。
「キャー」
アリスは剣を振り回しながら叫んだ。
「危ないから、その鈍らを降ろしてくれ」
紫色の頭は口らしき場所から、アリスに言った。
アリスは驚いて床にへたりこんだ。
この世界は変な生き物がいる。
動物が話す、物にも意識がある。
そんな世界に、少しだけ慣れ始めていた。
でも、これは違う。
生物でも、物でもない。
何かわからない、未知な存在。
アリスは石の様に固まった。
思考も止まった。
「すまない、驚かすつもりは、ないんだ」
「ただ、眠りたいんだ。
だから叫んだり、触れたりしないで欲しいんだ。頼む。」
頭は、申し訳なさそうに語った。
「何もしないから、武器を降ろしてくれないか?」
頭は絵から人の腕みたいなのを四本出して、腕を上げた。
「わ……わかったわ」
「出口を教えてくれたら、いなくなるわ」
アリスは剣を床に降ろした。
「出口か・・」
頭は、顎を撫でながら、考え込んだ。
「いいだろう。案内しよう。」
頭は答えた。
「本当に?ありがとう」
アリスは珍しく、感謝を述べた。
「でも、絵の中に居て、どうやって案内するの?」
アリスは絵をまじまじ見ながら、浮かんだ疑問を言葉にした。
頭は答えなかった。
答えの代わりに腕がアリスに伸びてきた。
「あの、やっぱり探すので、案内・・いらないかも・・」
迫ってくる腕に怯えながら、アリスは答えた。
アリスの願いは、届かない。
腕がアリスの体を掴む。
「やめて、離して」
アリスは必死に抵抗し、腕に嚙みついた。
「おとなしくしてくれ。案内するんだから」
頭は、アリスを持ち上げて絵の中に引きずり込んだ。
「やめて、離して、助けて!」
アリスは絵の中へと消えていった。
最後の力を振り絞り、何とか片手だけを絵の外へ伸ばした。
手を握ってくれる人は、いなかった。




