五話 「奇妙な部屋」
???「おはよう。目覚める時間よ」
女性は、同じ言葉を繰り返した。
不思議と、声は。
意識のない、アリスに届いた。
その言葉は、止まっていた時計が動き出すかのように、
アリスの鼓動を鳴らした。
体は宙に浮き、雷で撃たれたかのように痙攣を始めた。
床に散らばった赤黒い血だまりは、蛇のように波打ち。
アリスの口から吸収され、体の中に流れた。
剥がれ落ちた爪や、飛び出した眼球は元の場所に戻り、
四肢は「ゴキ、ボキ」と鈍い音を立てながら捻じれ、あるべき形へ戻っていく。
体の傷は癒え、綺麗だったアリスになった。
浮いていた体は、ゆっくりと床へ落ちた。
数秒後、
アリスは目が覚めた。
視界はぼやけ、眩暈が襲ってきた。
吐き気を感じ、胃の中のものをすべて吐き出した。
大きく息を吸い、呼吸を整え、その場にうずくまった。
視界が鮮明になるにつれて、アリスの身に起こった記憶が蘇ってきた。
深い穴に落ちて、建物に激突した。
思い出すと、恐怖と痛みで、体が震えた。
「傷がない、なんで?」
アリスは体を何度も触った。
破れたドレスの隙間から、
生まれたての赤子のように白い肌が露出していた。
アリスは、ゆっくりと顔を上げた。
天井は、教会のように高く吹き抜けていた。
「この館、おかしい」
建物の奇妙さに、アリスは言葉を失った。
教会なら、ステンドグラスから眩い光が差し込むはずだった。
この建物には、それがない。
それどころか、窓がない。
小さな燭台が、無数に空中を浮遊していた。
右に、左に、上下に軌道を変えながら、生き物のように漂っていた。
無音の中、それらは円舞曲に合わせて踊っているようだった。
踊る蝋燭の陽炎が、
地面を不規則に揺らし、平衡感覚を狂わせた。
その光景は、アリスから呼吸すら奪った。
天井から目を離し、部屋を見渡した。
思ったより窮屈だった。
落下してきた記憶では、巨大な館だったはず。
高さは見た目通り、でも狭い。
それに、家具がまったくない部屋など初めてだった。
アリスの家にも使われない部屋はある。
大抵そこは、必要ないものが溢れ、物置部屋になっている。
ここには、その痕跡が無い。
ただ、真っ黒で気味が悪い壁と床だけが広がる。
近くに浮いていた燭台を握りしめ、部屋の中を照らしながら探索した。
「うーん? なにこれ?」
何もない空間に、奇妙な扉がある。
さすがのアリスも困惑した。
同時に、懐かしさも覚えた。
扉は巨大で、
壁一面を覆っていた。
その巨大な扉の中に、
また扉。
さらにその中にも扉。
何層にも重なり合っていた。
「思い出したわ!!」
無邪気に声を上げた。
扉は、幼少期に父が大陸から持ち帰った。
奇妙な土産の入れ子箱を思わせた。
家の懐かしさに背中を押されたアリスは、ドアノブを回した。
「固い」
ドアノブは錆び付き、固定されていた。
ドレスでドアノブを包み、精いっぱい力を込めて回した。
今度も同じく動かない。
仕方ないので、アリスは腰を折り曲げれば通れる。
一番小さな扉を開けることにした。
小さな扉には、
金色に装飾が施された、大きなドアノブが付いていた。
気味が悪いことに、金属はところどころ錆び付いていた。
形が、眠っている人の顔みたいだった。
装飾された顔は立体的な構造をして、
鼻に見立てられた場所がドアノブになっていた。
口らしき場所に、鍵穴が刻まれていた。
震える手を支えながら、鼻をゆっくり回した。
ドアノブは回った。
力を入れて扉を押してみたが、開かない。
逆に、引いてみた。
腕に鈍い痛みが走った。
アリスが手を離した瞬間、
口がゆっくりと動いた。
「鍵がなきゃ開かない」と言った。




