三十二話「城の梟」
アリスは巨大な螺旋状の本棚のそばを歩いていた。
あらためてその大きさに驚いた。
見上げても、天井が見えない。
それほどの高さだった。
この中に母の本もあるのだろうか?
そうアリスは考えていた。
この膨大な本から母の本を探すのは骨が折れそうだ。
それに、出口に向かえという忠告もすでに無視している。
今はまだ女の人に気づかれていない。
ただ、時間がたてば見つかるだろう。
アリスは禁書がありそうな部屋の奥に進んだ。
進みながら、いろんな疑問が頭の中を駆けめぐっていた。
母のことを知っているのがやはり理解できない。
この世界に母は来たことがあるのだろうか?
アリスは無意識のうちに銀の首飾りを触っていた。
それに、この首飾りは赤の女王の物なの?
確かに、この城に来てから光り輝いて勝手に門が開いた。
門番の巨兵たちも、「お帰りなさいませ。女王様!」と言っていたような気がする。
本当にこの世界のものかもしれない。
考えながら歩いているうちに、梟の壁画の前まで来ていた。
梟の目には白色の宝石が埋め込まれている。
「こんにちは、奥に行けますか?」
アリスは梟に聞いた。
「ホ、ホ、ホ。」
壁から陽気な梟の鳴き声が聞こえた。
「禁書のエリアには行くなと言われたのに、来るとはさすがはアリスじゃのう!」
「それならば、私の問題に正解せよ。さすれば汝に新たな道が開かれよう。」
梟はなぜか嬉しそうに話した。
「また、問題?」
「頭を悩ませる言葉はもうたくさんだわ。」
アリスは露骨に不機嫌な態度をとった。
「ホーホ。」
「アリスよ。残念ながら答えのない問題に答えを探しても無駄なんじゃよ。」
「私の問題には、しっかりと答えがある。烏たちの珍妙なものとは違う難問じゃよ!」
「もちろん、理不尽なことも起きはせん。」
「どうじゃ、挑戦してみないか?」
梟の声は不思議とアリスを落ち着かせた。
「ふぅー。」
「本当に変な問題ではないのね?」
「もちろんじゃよ。」
「わかったわ、答えが見つからないことに疲れたの。ちゃんとした問題なら挑戦するわ。」
「よかろう!」
「解答は一回のみじゃ。しっかり考えよ。」
「それでは問題じゃ。」
「詐欺師はこれを嫌い、賢者ほどこれを好む。その正体とは?」
梟の声色が変わり、緊張感が漂った。
「汝の知恵を振り絞れ!」
声の威圧感が増す。
重苦しい雰囲気にアリスは吞み込まれた。
重圧を跳ねのけるため、頭を左右に何度か振って問題に集中した。
これは烏と書き物机の問題に似ている。
もちろん、「知らない」が答えのしろものではない。
詐欺師が嫌い、賢者が好きな物。
この二つに共通する物を考えればいいはずだわ。
それとも、物ではなくて、感情や概念なのかしら?
知識はどうだろうかしら?
賢者は好きだし、詐欺師も好きだと思うわ。
うーん、残念だけど違うわね。
考え方を変えないとね。
たとえば、人が好きなものは無数にある。
でも、嫌いなものは少ないはず。
だから、詐欺師が苦手なものを想像すればいいのよ。
なんだ、簡単じゃないかしら!
そうね、それなら正義や警察官はどうかしら?
これも違うわね。
賢者もそんなに好きでないだろうし。
ならば、真実‥‥‥。
詐欺師は真実が嫌い、それに賢者は真実を求める。
だから賢者は真実を好む。
真実が答えだ。
アリスの表情に笑顔の光が灯った。
梟に答えを言おうとしたとき、気づいてしまった。
賢者は真実を求め、探求している。
だから、好むというより目指す目標だわ。
答えに近いけど、少し違う。
そんな答えを梟は求めていないと思う。
もっとしっくりくる言葉があるはずだわ。
アリスの表情に陰りが差した。
答えは、何?
「正解じゃ!」
梟が突然叫び出した。
アリスは何が正解なのかわからなかった。
「ホッ、ホッ、ホー。」
梟の笑い声が響いた。
「その表情、なぜ正解したのか理解できておらぬようじゃな。」
「答えは、沈黙じゃよ!」
沈黙?
アリスは少しの間、沈黙して考えた。
人を騙すには言葉が必要だから、詐欺師は沈黙を嫌う。
それと違い、賢者は思考の整理や答えを探すために沈黙する。
これが正解なのは、納得できる。
でも、納得できないことが一つあった。
それは、なぜ何も言っていないのに正解できたのか?
「クスッ」
アリスは思わず笑いだしていた。
結局、梟も理解できない問題を出している。
「なぜ、正解できたの?」
アリスは梟に聞いてみた。
「其方は沈黙をしていた。」
「答えを口にしていなくても態度で示したのじゃよ!」
「私は考えよと言ったまで、解答せよとは言っていないのじゃ。」
「でも、正解にたどりつかなかったわ。」
アリスは正直に答えた。
梟はやさしく話しかけた。
「そうかもしれない。」
「しかし、何もしなくても得た功績は誇れ。人生には運も必要じゃよ。」
「それに、この問題の答えは一つではないのじゃ。」
「お主が考えた、真実も考え方によっては正解になるだろう。」
アリスは梟の言葉に驚いた。
「なんで、真実を思い浮かべたと分かったの?」
梟が明らかにとぼけた様子で答えた。
「ホッ、ホッ、ホー。」
「ただの勘じゃよ。たまには当たるものじゃのう。」
「それに、この問題に真実と答えた聡明な女性がいたのじゃ。」
「私は真実と聞いて、答えは一つではないと諭されたのだ。」
「ふむアリスよ、其方はその女性に少し似ているのう。」
梟はしばらく沈黙した。
それから悲しそうに言葉を綴った。
「少し昔の話をしすぎたのう……さあ、行きなさい。」
ゴォォーー。
梟の描かれた壁がだんだんと沈んでいき、目の前に暗闇が広がる。
「えーっと、あのー……ありがとう。」
アリスは見えなくなった梟に感謝して、闇の中へ消えていった。




