三十話「城の書庫」
アリスが部屋の中に入っていくと、扉は勝手に閉まった。
部屋の中はとても暗く、何も見えない。
手を使って周囲を探った。
冷たい壁の感触が伝わってくる。
壁を頼りに部屋の中を進む。
少し進むと目の前にも壁が立ちふさがった。
左側にも壁があり、右側だけは先へ進めそうだ。
ボォッ!
突然、右側の壁から炎が上がった。
壁に取り付けられた燭台に、ひとりでに火が灯ったのだ。
ボォッ、ボォッ、ボォッ――。
それを合図にするように、奥へ続く燭台から次々と火が上がった。
明かりによって、ようやく周囲の様子がわかった。
書庫ではなく、狭く長い廊下なのだ。
扉を抜けたらすぐに書庫だと思っていたアリスは、がっかりした。
アリスは仕方なく、燭台の火を頼りに廊下を進んだ。
やがて燭台が途絶えて、目の前には暗闇が広がる。
最後の燭台の火が、わずかにその先の道を照らしていた。
暗い道を進むか迷っていると、周りの火がすべて消えた。
一瞬にして暗闇がアリスを包み、静寂と闇が不安を掻き立てる。
「フィナーレざまーす。」
陽気な女性の声が聞こえた。
ボォォォー。
消えた燭台から炎の柱が上がった。
あまりの眩しさに、アリスは目を閉じてたじろいだ。
舞い上がる炎は肌を焼き尽くす。
そう感じるほどの熱気を放った。
「見事なパフォーマンスでありんしょ!」
「さぁ、ここで拍手ざます。」
パチ、パチ、パチ。
拍手する音がちらほらと聞こえてきた。
「ゴホン。」
大げさな咳払いが聞こえてきた。
「えー、そろそろ目を開けるざます。」
「アリス、あなたに言っているでありんす。」
「な、なんで名前を知っているの?」
アリスは女性に聞いた。
「まずは目を開けるざます。」
アリスは言われた通りに目を開けてみた。
炎の光が眩しくて、目が慣れるまでしばらくかかった。
無数の燭台が浮遊して周囲を照らしている。
「うわー、す、すごい。な、なにここ?」
何から注目するべきなのかアリスは迷った。
空を飛ぶ本に、白色の手袋。
ひとりでに動く羽ペン。
螺旋の……本棚?
目に映る物すべてが奇妙で不思議だった。
とにかく、この書庫には普通がない。
部屋の構造も異質で、見渡すことができないほど広かった。
本棚が部屋の中央にひとつだけそびえ立ち、この部屋が書庫なのか疑いたくなる。
右と左の手袋が浮遊する本を捕まえて、その本棚に無理やり押し込んでいる。
他にも何組もの手袋が同じように本を片付けていた。
本棚は巨大な木のように堂々と生えていた。
無数の本が詰まった棚が螺旋状に積みあがり、その脇には細い階段が続いている。
たぶん天井まで伸びているのだろう。
見上げても、薄暗くて頂上は見えなかった。
これを本棚だと呼んでいいのかアリスにはわからない。
なによりも、どうやって欲しい本を探すのか不思議だった。
「ゴホン。」
ふたたび咳払いが響く。
「そろそろ、私の姿に驚いてもいい時間ざます。」
先ほどから妙に賑やかで、気に障る声の方をアリスは見た。
見た瞬間、アリスは後悔した。
色鮮やかな服、派手な仮面が目に映ったからだ。
正直、これ以上の情報は求めていない。
それに、この人とは相性が悪いと本能で感じた。
すぐに目を背けて、見ていないふりをした。
「あまりにも素晴らしい姿に、感激ざんしょ!」
聞いてもいないのに自分の姿を語ってきた。
「まず、なんといってもこの仮面が素敵ざます。
白い陶磁器製の仮面が艶やかに光り、同じ陶磁器製の道化帽が美しいざます。
この帽子から出ている五本の太くて赤い飾りが最高ざます。
なんといっても、この五本の弧を描いて垂れるデザインが心にくるざます。」
「まぁーなんて素敵ざますかね。」
アリスは女のしゃべり方をまね、ぶっきらぼうに答えた。
「そうざんしょ!そうざんしょ!」
「私めの魅力にやっと気づかりんしたんしょ!」
女はアリスに近づき、道化師の仮面を目の前で見せびらかした。
思ったよりも背が高く、威圧感がある。
アリスは迫力に圧倒されて一歩、二歩と後退した。
「もう少し上品に話せませんか?」
烏の耳障りなしゃべり方にうんざりしていたので、試しにお願いしてみた。
当然、アリスの頼みは無視された。
まだ話し足りないのか、今度は服の魅力まで語ってきた。
「服はさらに派手で、すばらしいでありんす。
仮装舞踏会でも目立つ煌びやかな朱色のドレスが魅力ざます。
そして、こちらのドレスには美しい光沢があり、腰はキュッと締まり、
腰から裾にかけて段々と広がっていくスカートが、まさに完璧。」
「完璧、ざます。」
「それから、この上品な赤色に輝くヒールの靴が、
私めの豪華さをより一層引き立てているでありんす。」
白色の手袋たちがいっせいに拍手をしていた。
それに合わせるように、女は頭を何度も下げる。
アリスは女を無視して、横を通り過ぎた。
所々で羽ペンがせわしなく動いている。
よく見えないが、机の上の本になにかを書き込んでいた。
「無視するなんて、あんまりざます。」
女がアリスを追いかけてきた。
「五月蠅い生き物と話すのに疲れたのよ。」
アリスはため息をつきながら女に言った。
「それは、残念ざます。」
「この国で大人しくて話の通じる者は少ないざますから。」
「ただ、幸運なことに私がその一人でありんす。」
仮面の下には、唇の形をした赤い模様がある。
本物の口みたいに動いていた。
見た目は人間の形をしているのだが、違う生き物なのだろうか?
アリスはさらに仮面をよく見た。
目元には、赤と黒のひし形模様が描かれている。
目の穴は真っ暗で、仮面と道化帽の縁を金の網目模様が飾っていた。
見れば見るほど、主張の強い仮面だ。
アリスは虫を払いのけるように手を動かした。
「仮面も服装も派手で、鼻につくしゃべり方をするあなたに、
まともな会話ができるとは思えないわ。」
「失礼ざます。この書庫の館長兼、司書および管理人ざます。」
「そんな肩書の多い私めに、無礼な態度を取るとは、まことに失礼ざます。」
「まぁ、特別に今回は見逃すでありんす。」
「この書庫と本のことなら、だいたい知っているでありんすから、知りたいことはありんすか?」
女は凛として美しいお辞儀をした。
「うーん、そうね。」
「それならまず、この書庫はなんなの?」
とりあえず害はなさそうだから、疑問に思ったことを聞いてみた。
「知識の宝庫ざます。」
「羽ペンが知り得た情報や歴史を本に書き上げるんでありんす。」
女は、さも当然のように答えた。
「知りたい答えがすべてわかるの?」
「知りたいものによりんすが、概ねわかるでありんす。」
「なんの情報を求めてやってきたんすぅ?」
「青虫について知りたいわ。」
アリスは少し目を輝かして、派手な服装の女性に聞いた。
「残念。」
「まことに残念でありんすが、あおむしと呼ばれる者の本は無いでありんす。」




