二十九話「城の愚門」
ドォン!
アリスは絨毯に足を取られ、勢いよく床へ倒れ込んだ。
体を強くぶつけて、あちらこちらが痛い。
痛みをこらえて立ち上がろうとした。
しかし、足が震えてうまく起き上がれない。
痛みからの震えではない。
恐怖。
恐怖心が痛みに勝り、アリスの体を震わせていた。
アリスは決死の思いで後ろを振り向いた。
骨になった老人はそこに居なかった。
安堵したアリスは、しばらくその場に座り込んだ。
「なぜ、ずっとうずくまっているカァー?」
突然、アリスの前から声が聞こえた。
アリスは顔を上げた。
そこには、重厚で黒に近い茶色の両扉があった。
扉には、黒鉄で作られた烏の装飾が施され、
烏の目には漆黒の宝石が埋め込まれている。
扉の上には看板があり、そこには本の絵が描かれていた。
本の看板があるなら、ここが書庫よね。
老人が指した方向には、確かに書庫があった。
しかし、あの老人が何者なのか、考えるたびに骨になった姿が頭に浮かぶ。
アリスは老人の姿を頭の中から追い出した。
とにかく、いまは書庫に集中しよう。
知りたい情報が手に入ったら、こんな城から出て行こう。
アリスはドアノブに手を掛けようとした。
しかし、できなかった。
というのも、なかったのだ。
ドアノブが。
ないのなら、仕方ない。
アリスは扉を押した。
まったく開く様子がない。
「なにを馬鹿げたことをしているの、カァー?」
さきほどと同じ声が聞こえてきた。
その声は甲高く頭に響く。
「誰? 姿を見せて!」
アリスは周りを見渡して言った。
「馬鹿だなー。」
「目の前に居るのに見えておらんの、カァー?」
さきほどよりも低い声が響き、語尾につく烏のような鳴き声が耳障りだった。
声は明らかに扉から聞こえてきた。
たぶん、装飾された烏が話しているのだろう。
アリスがしばらく扉を見つめていると、
「馬鹿げた顔に、馬鹿げた姿をしている。」
「カァー。」
言い忘れたのか、慌てて語尾を付け足した。
「ゴホン。」
アリスは咳払いをしてひと呼吸ついた。
「この先が書庫なら中に入りたいわ。扉を開けてもらえないかしら?」
「カァー、カァァー、カァァー。」
二羽が一緒に鳴き出した。
まるで笑っているように聞こえた。
アリスは嫌な気持ちになった。
「馬鹿な小娘。看板を見ればわカァーる。」
高い鳴き声が響いた。
低い声の烏が皮肉を言ってきた。
「そんなことを言うな、きっと本を読んだことがなカァー。」
アリスは、烏だからと無理やり語尾にカァーをつけている方が、よほど馬鹿らしいと思った。
この考えは黙っていた方が得だと判断した。
「扉を開けてくれるかしら?」
アリスは苛立ちを抑え、もう一度聞いた。
「知恵のない馬鹿者よ。」
高い声の烏が叫んだ。
それに続いて低い声の烏が、
「我々が出す問題に正解すれば、」
二羽の烏が同時に、
「扉を開けてあげよう。カァー。」
アリスは烏の口調に苛立ちを覚えた。
しかし、その苛立ちを表情に浮かべないように、拳をぐっと握りしめた。
「わかったわ。それなら早く問題を出して!」
「かぁー。」
アリスはわざとらしく烏の鳴き声を真似た。
「いつも一緒にいて、まったく同じ動きをするもの、なーんだカァー?」
高い声の烏が問題を出した。
アリスは少し考えてから答えを言った。
「案外、簡単な問題ね!」
「答えは、影でしょ。」
「不正解、不正解!」
烏が馬鹿にしたように叫んだ。
「え?なんで?影で正解でしょ!」
アリスは不正解と言われたことが理解できなくて、もう一度聞いた。
「不正解、不正解!」
烏は先ほどよりも大きな声で叫んだ。
「正解は、影法師!」
「かげぼうし?」
「何それ?聞いたこともないわ!」
アリスは烏にも負けない声で叫んだ。
「影法師は影の化け物だ、カァー!」
烏は当たり前のように言った。
答えを聞いたアリスは納得できなくて、大声で叫んだ。
「影の化け物ですって?」
「そんな生き物、聞いたことないわ。」
「それに、影の化け物が答えになるんだったら、」
「影も正解でしょ!」
「不正解!不正解!」
「次の問題を出す。カァー。」
アリスは、不正解でも次の問題に行けるんだと思った。
「長い眠りについて、やがて目覚める。これなーんだ。カァー?」
こんどは、低い声の烏が問題を出した。
……。
アリスが黙っていると烏が茶化してきた。
「わからん、カァー?」
「簡単すぎて、固まっていただけよ。」
「だって、問題の中に答えがあるもん。」
「答えは、睡眠でしょ!」
アリスは得意げに言った。
「不正解、不正解!」
烏の鳴き声がアリスの頭の中に響き渡った。
「正解は、昏睡!」
「こんすい?」
「こんすいって何よ?」
「さっきから聞いたこともない言葉を正解にするなんて、卑怯だわ!」
「次が最後の問題だ。カァー。」
「烏と書き物机は、なぜ似ている。カァー?」
二羽の烏が一緒に叫んだ。
アリスは怒りを爆発させ、金切り声を上げた。
「そんな問題の答えなんて、知らないわよ!」
「正解、正解!」
アリスは呆気にとられた。
「正解?」
「なに……が?」
烏はアリスを馬鹿にするように叫んだ。
「正解、正解!」
「烏と書き物机は、なぜ似ている。カァー。」
「我々も知らない。」
「そんな問題……。」
アリスは大きく息を吸った。
もちろん、積もり積もった怒りをぶつけるためだ。
ゴォォー。
扉がゆっくりと開いた。
アリスは扉の音にも負けないほど大声で汚い言葉を叫んだ。
烏に聞こえたのかはわからなかった。
ただ、アリスの気分は晴れた。
軽快な足取りで扉を通り抜けた。




