二十八話「城の客人」
アリスは深く呼吸をして、考えを巡らせた。
前にも、薔薇の色が変わった時があったわ。
あの時は確か、紳士そうで狂っている帽子屋に……。
そう、白色と言われた。
あのときは、いろいろあって髪飾りのことなんて忘れていた。
そもそも、この髪飾りと出会ったときからおかしかったわ。
薔薇の壁が行く手を阻んで、アリスの血を吸って髪飾りに形を変えた。
拾ったときの髪飾りの薔薇は、確か赤色だったはず。
あの時は、奇麗な髪飾りだと思っていたけど、やっぱりおかしいよね?
もう少しで、答えにたどり着けそうなのに閃かない。
このもやもやする感覚がアリスをいらつかせた。
アリスは意地になり、答えが出るまで考え込んだ。
血を吸った。
そう……だから、つまり?
血が何かと繋がっているのかな?
いろいろな考えを思い浮かべては捨て、答えを探した。
そうだわ!
アリスの顔に笑顔が広がった。
この髪飾りは血を取り込んだの。
だから、繋がっているのよね。
感情と!
黒は怒ったときの色ね。
うん、きっとそうだわ!
白色は……。
アリスは考えるのをやめた。
疲れたのだ。
心なしか体温が上がり、額に熱を帯びた気がする。
アリスは顔を上げ、手に持った髪飾りを付けた。
薔薇は、まだ黒かった。
そして、城の廊下をさらに進んだ。
廊下を進むと右側に扉を見つけた。
アリスは迷わずに扉を開けた。
部屋は客室だろう。
大きな窓があり、その近くに化粧台と鏡が置かれていた。
豪華なベッドが部屋の隅に二つ並べられ、
他にもクローゼットや机、椅子などの家具が置かれている。
部屋に客人はいなかった。
アリスは鏡に映っている姿を見た。
髪飾りがまがっていたので、しっかりと付け直した。
やっぱり、薔薇は黒に染まっている。
赤色に戻らないことを不思議に思った。
しかし、わからないことは考えても仕方ないと思い、部屋から出た。
廊下をさらに進むと、また同じような扉があった。
アリスはその扉も開けてみた。
部屋の家具とつくりは同じで、置かれている花瓶や絵画が違うだけだった。
アリスは部屋を出て廊下を進み、いくつもの扉を開けていった。
どの部屋を開けても変わらない景色に、アリスはまたいらついた。
だんだんと歩く速度が上がり、扉を力強く開けていく。
気がつけば、広間が見えないほど遠くまで来ていた。
次の扉も勢いよく開けた。
強く開けすぎたのか、扉が壁にぶつかり、バーンと大きな音が響いた。
扉の先の客室は、他の部屋と違っていた。
生活感が溢れている部屋で、所々に服や物が散らばっている。
部屋の奥には、揺り椅子に座っている老人がいた。
「こんにちは!」
アリスは老人を驚かさないように、ゆっくりと落ち着いた声であいさつをした。
老人には声が届いていないのか、ギーコ、ギーコと椅子を揺らしていた。
「こんにちは!」
さらに大きな声を出した。
老人は体をびくつかせて、ゆっくりと声のした方を見た。
アリスは老人にさらに近づいて、目線を合わせるように腰をかがめた。
老人は頭頂部の髪が抜け落ち、後頭部には長い白髪が残っている。
着ている服もボロボロだった。
「この城に来て長いですか?
書庫に行きたいのですが、場所はわかりますか?」
アリスは老人に大きな声ではっきりと聞いた。
「ダツヤニナ?」
「え?なんて言ったの?」
アリスは老人に聞き返した。
「ラカダ、ャジレダ?タキテッイハニロシテッヤウド?」
老人は低い声で早口に答えた。
アリスは戸惑った。
この世界で変わった生き物はたくさん見てきた。
あの小汚い三月兎ですら言葉は通じた。
内容は意味不明だったけど。
この老人の言葉は理解できなかった。
異国の言葉なの?
いや、違う?
なんとなく、発音は同じだと感じた。
「もう一度、ゆっくりと言ってみてください。」
アリスは老人に丁寧に聞いた。
「レサチタグスマイ。ゾヌシバレイニロシノコ。」
「ャジンケキハマサウオウョジ、ヨゲニ。」
老人はさきほどよりも、さらに早口で言った。
「えっとー、あの……。」
「書庫の場所は、わかりますか?」
アリスはもう一度聞いた。
もし、今回も意味がわからなかったら、部屋から出て行こうと決めた。
老人は黙って部屋の奥を指した。
「言葉は通じているみたいね!」
アリスは老人が指した部屋の奥を見た。
「ウガチ!」
老人は大きな声でアリスを叱った。
アリスは体をびくつかせて、思わず老人の方を見た。
老人はドアを指してから、部屋の奥を指した。
「あぁー、そういうことね!」
「つまり、この部屋を出て城の奥に書庫があるっていうこと?」
アリスは老人に尋ねた。
老人はゆっくりと大きく頷いた。
「ありがとう!助かったわ。」
アリスはそう言い、部屋を出ようとした。
その時、いきなり腕を掴まれた。
「痛い。」
アリスは思わず叫んだ。
掴む力は、老人の長細い腕からは想像できないほど強かった。
「ナャジコノンゲヨルスウユサヲイメンウノイカセノコ。」
「キトタッシヲツジンシラカムレソブア・ンラアノシムオア、ルアガウヨツヒルスンダツケハタナソ。」
長々と呪文のように唱えた。
アリスは一言も理解できず、頭の中が真っ白になった。
老人は唾をごくりと飲み込んだ。
「生まれた世界に帰れ!」
そう言った直後、老人はアリスの腕を離した。
そして、いきなり床に倒れた。
体を痙攣させ、苦しそうにもがく。
老人はまたアリスを掴んだ。
今度は足だった。
アリスを見上げ、血を吐いた。
気が付けば老人の目玉は床の上に転がっていた。
アリスを掴んだ手の肉は腐り落ちて、やがて骨だけになった。
骨になった手から力が抜け、アリスの足を離す。
老人の肉体は腐って剥がれ落ち、全身が骸骨となった。
あまりの出来事に、アリスは茫然とその場に立ち尽くす。
骸骨になった老人はまだ、アリスを見ていた。
そして、歯をガタガタと動かした。
「ギャーー!」
アリスは絶叫し、慌てて逃げた。
ガシャ、ガシャ。
丸いドアノブに手をかけたが、焦ってうまく回せなかった。
何度か試して、やっと扉を開けることができた。
外に出たアリスは、走り出した。
扉を閉める余裕もないほど焦っていた。
決して後ろを振り向かず、とにかく走った。




