二十六話「城の庭」
ギーーイ、ドシャン。
城門が閉まる音が静けさを破る。
この城の中に知りたい答えが見つかる。
アリスはそう思い、期待に胸を膨らませた。
そして、ゆっくりと歩き出した。
城門の先には、石畳の道が続いていた。
その道を進むと、中庭が姿を現した。
アリスは隅々まで手入れの行き届いた広大な庭に、圧倒されていた。
カシャン、カシャン。
大きな音が響く。
アリスはその音がとても懐かしかった。
子供のころ、まだ父が元気だったときに、
白髪で優しい笑顔をした庭師を雇っていた。
庭師は高齢だったけれど、庭仕事をするときは力強く、
カシャン、カシャンとハサミの大きな音を奏でていた。
目を閉じれば、今でも庭を手入れする音が聞こえ、草木の匂いまで蘇ってくる。
庭師は歳を重ね、次第に体が言うことを聞かなくなり、
父が病気になる数年前に仕事を引退していた。
お父様が亡くなり、葬式を開いた日に庭師のおじさんも来ていた。
おじさんも涙を流していたっけ、あの涙は本物だった。
アリスは懐かしさに浸りながら、庭を手入れする音に近づいた。
音の正体を知ったアリスは驚いた。
そこには、人と同じ背丈で作業服を着ている奇妙な生物がいた。
六本の手を駆使して器用に草木を手入れし、顔にはいくつもの目玉が並んでいた。
その姿は、巨大な蜘蛛そのもので、二本の足で器用に立っていた。
アリスは異形の蜘蛛に恐怖を感じ、気味の悪さから鳥肌が立った。
蜘蛛のギョロっとした目玉がアリスを見た。
アリスの体は固まり動けなかった。
蜘蛛は手を止め、すべての目玉をアリスに向ける。
アリスが動かないことに安心したのか、庭の作業に戻った。
「ふぅー。」
アリスは安堵のため息をついた。
その場から逃げ出すように庭を進んだ。
ひらけた庭の中央まで来た。
庭の中央には、円状に石で囲まれた大きな空間があった。
普通の庭なら、豪華な噴水でも置かれていそうな場所。
しかし、この世界は違う。
大きく禍々(まがまが)しいギロチンが置かれていたのだ。
このギロチンはただの飾りではない。
刃には古い血の跡が染みつき、周囲にはまだ新しい血が残っていた。
蜘蛛がモップを使い、床に付着した血を丁寧に掃除していた。
この城では、処刑が日常に溶け込んでいる。
アリスは一瞬、恐怖を覚えた。
しかし、その恐怖はすぐに薄れていった。
少し前なら、
血を見たら顔を背けて、吐き気すらこみ上げていた。
しかし、今は平然と血だまりを見ていられる。
この世界での体験が、少しずつアリスの心を変えていた。
その変化にアリスは戸惑いを覚えた。
カシャン、カシャン。
草木を刈り込む音で、アリスは我に返った。
気が付かないうちに庭の奥まで進んでいた。
目の前には、赤い薔薇で作られた見事なアーチがあった。
アーチの両脇には、草木で作られた像が鎮座していた。
その像は王冠を被り、太々しい表情をしていた。
この城の女王なのだろう。
蜘蛛が丁寧に伸びた草木を剪定している。
金色のハサミを使って。
薔薇のアーチの先には、正面玄関へ続く屋根付きの回廊が見えた。
アーチを通り抜けて回廊を進もうとしたとき、
回廊から聞き覚えのある渋い声がした。
声のする方を見ると、そこにはまた白兎がいた。
アリスは女王の像に隠れて様子をうかがった。
白兎は焦った様子で回廊を行ったり来たりしている。
「いつ失くしたんだ? どこで落としたんだ?」
独り言とは思えないほど大きな声が、回廊の天井に跳ね返り響いた。
「あのラッパがないことが女王様にばれたら、間違いなく打ち首だ。」
「いいや、それどころか、この国から追放の命を受けるかもしれない。」
白兎は熊に乗っていた時の横暴な態度とは違った。
獣に狙われる小動物のように体を震わせる。
そのうち兎は疲れたのか、床に大の字になって寝そべった。
アリスはこっそりと兎に近づいた。
突然、兎が叫び出した。
アリスは姿がばれたのかと思った。
しかし、兎は失くしたものを嘆き悲しんでいるだけだった。
「ラッパ~!」
「魔法のラッパはどこなんだぁ?」
「あれを吹けば勇気が出る。」
「臆病で役立たずの熊はラッパを吹かなければ、何もできない。」
兎はどこからか瓶を取り出して口を付けた。
「あの小娘に会ってから、不運が続いていやがる。」
「次に会ったら、必ず殺してやる!」
白兎の口調は次第に強くなり、気が付けば暴言を吐いていた。
瓶の中身はお酒なのだろう、白い毛が薄い赤色に染まっていく。
アリスは鞄の中に手を入れた。
金属の冷たい感触が伝わってくる。
それはラッパだった。
ここまで来るのにいろいろな出来事があった。
だから、アリスはラッパのことなんてすっかり忘れていた。
「返した方がいいのかしら?」
アリスは首を傾げて考えた。
兎と会ったときのことを思い出していた。
「もともとは、熊と兎に追いかけられてここに来たんだもん。」
「ラッパを返す必要はないよね。」
アリスは兎の横を忍び足で通り過ぎる。
兎は大きないびきをかいて寝ていた。
アリスは兎の顔を見ながら、哀れに思った。
横を通り過ぎるアリスを見逃したなんて、
女王様に知れたらとんでもないことになるんだろうな。
庭のギロチンを思い浮かべて、思わず体が震えた。
しかし、アリスは罪悪感をまったく感じなかった。
寝ている兎に小さく手を振って、お別れをした。
アリスは回廊を抜け、巨大な両開きの扉まで進んだ。




