二十五話「赤の巨像」
丘を登り始めたアリスの前には赤いチューリップの花壇が広がる。
心地よいお花の香りが漂う。
長い坂道を一時間ほど登り続け、ようやく城にたどり着いた。
「なんて、大きな門なの!」
黒鉄でできた格子状の立派な城門に圧倒されていた。
城門の両脇には赤みがかった光沢を放つ茶色の大剣を構えた、
巨大な銅像が二体そびえ立っていた。
銅像からの威圧感は凄まじく、アリスの歩みを止めた。
「まさか、動かないよね?」
この像が襲ってきたらアリスの体なんて簡単に斬られてしまう。
アリスは手を振って銅像に反応がないか確かめてみた。
銅像は動かない。
「城の中に入ってもいいかしら?」
大声で赤い像に聞いてみた。
……。
やはり銅像は動かない。
アリスは城の門に近づいた。
父からもらった銀の首飾りが胸元で揺れた。
中央には澄み切った青い宝石がはめ込まれていた。
宝石を囲む銀細工は、花や葉を思わせる繊細な曲線で美しいハートを形作っている。
「え……光った?」
宝石が一瞬だけ赤く瞬いたように見えた。
アリスは首飾りを見つめる。
しかし、宝石は何事もなかったかのように青く澄んだ輝きを放っていた。
「光の反射かな?」
不思議に思いながらも、アリスは顔を上げて門をじっくりと見た。
格子の隙間は人ひとりが通れそうなほど広かった。
「立派だけど、お粗末な門だわ!」
アリスはそう言い放つと、門をくぐろうと一歩踏み出した。
その時、
「招待状がなければ通さない。」
赤い銅像がアリスの方に顔を向けて告げた。
……。
アリスは銅像のように固まった。
銅像はそんなアリスを見つめたまま動かない。
一歩、二歩とアリスは後ろに下がった。
短い沈黙が流れる。
「招待状は持ってないわ。必要なの?」
アリスは震える声で尋ねた。
「招待状がなければ通さない。」
銅像は、さきほどと同じ言葉を繰り返した。
「わかったわ。城の中に入らないわ。」
「青虫について知りたいの。何か知っているかしら?」
アリスはしぶしぶ城を諦め、銅像へ尋ねた。
……。
銅像はなにも答えない。
「図書館があれば入りたいんだけど、案内してもらえないかしら?」
「できないなら、地図でもいいわ。頂けないかしら?」
アリスは矢継ぎ早に質問を投げかけた。
……。
「お話できるんでしょ!」
「いいかげん、銅像みたいに振る舞うのやめていただけないかしら!」
アリスの声はいらだっていた。
……。
「もういいわ。何も教えてくれないなら……。」
アリスはそう言うと、さらに一歩、二歩と後ろに下がった。
そして、思いっきり走り出した。
ドーーン。
銅像の剣が地面に打ち付けられる音が響いた。
アリスは間一髪で足を止めた。
巨大な剣が目の前へ突き刺さる。
地響きが起こり、振動が足元から全身へ伝わった。
ドーーン。
もう一体の銅像も同じように剣を振り下ろした。
アリスは体制を崩してその場に倒れ込んだ。
それほどまでに激しい衝撃だった。
「招待状がなければ通さない。」
二体の銅像が言い放った。
アリスは圧倒されて立ち上がれない。
突然、
首から下げていた銀の首飾りが眩く輝き始めた。
中央の青い宝石は、内側から滲むように真紅へ染まっていく。
赤い光は周囲を照らし、アリスは思わず目を見開いた。
「お帰りなさいませ。女王様!」
巨大な銅像は剣を足元に刺して、片膝をついて頭を下げた。
ギーーイ、ドシャン。
格子状の黒い門はゆっくりと開いた。
銀の首飾りは城へ導くように、アリスを引っ張り始めた。
アリスは立ち上がり、促されるように門に近づいた。
「痛っ!」
城へ入るのを拒むように、髪飾りがアリスの髪を引っ張っていた。
不意に襲った痛みに、アリスは思わず声を上げた。
互いに反対方向へ引っ張り合い、首飾りは首の後ろへ食い込んだ。
苦痛の表情が浮かび、目から大粒の涙が出た。
アリスは首飾りを必死で掴んで抵抗した。
「引っ張らないで、城の中に入りたいの!」
アリスは声を絞り出して本気で叫んだ。
叫びが届いたのか、髪飾りも首飾りも力を失ったように静かになった。
光は静かに消え、宝石は元の青い輝きを取り戻した。
「お父様からもらった首飾りが、どうして反応したの?」
「もしかして、お父様もこの世界に来たことがあるのかしら?」
城の中に答えがあるかもしれない。
そう願いながら、アリスは開かれた門をくぐった。




