二十二話「赤の領地」
アリスは怯えた様子で空を見た。
百舌鳥について少し知識があったからだ。
結婚式の少し前、百舌鳥について書かれた本を読んだことがあった。
東洋の周辺に生息している鳥で、
狩った獲物を木に張り付ける獰猛な鳥とも書かれていた。
その習性は謎で、動機が解明されていないらしい。
本には百舌鳥の絵や容姿については、残念ながら書かれていなかった。
もし、アリスよりも巨大な百舌鳥が襲ってきたら――。
そんな想像が頭をよぎり、警戒しながら慎重に進んだ。
アリスは兵隊のいた場所からだいぶ遠くまで歩いてきた。
「ふぅー。」
鳥が来ないことに安堵し、緊張の糸が解けた。
それと同時に、頭の中に赤の芸術が浮かんだ。
アリスの手に赤い血が付いている。
すぐさま、服で拭った。
嫌悪感と吐き気がこみ上げてくる。
立ち止まり、体と心を休ませた。
必死に頭を横に振り、嫌な光景を取り払った。
気休め程度にしかならない。
それでもよかった。
顔を上げたアリスの視線に立派な建物が映り込む。
それは、遠くの丘にそびえ立つ城だった。
アリスは城を目指して進んだ。
やがて、道に看板が立っていた。
古臭く汚い看板と、豪華な看板の二つが立てられていた。
古臭い看板は左の道を指していた。
豪華な看板は、真っすぐ城の方向を指していた。
汚い看板には、
「アラン・アブソルムの隠れ家。」
とだけ書かれていた。
「うーん?どこかで聞いたことある名前ね?
どこだっけ?」
「それよりも、隠れ家を看板で示して、いいの?」
「場所を隠さない隠れ家なんて、はじめて聞いたわ。」
アリスは素朴な疑問を口にしていた。
豪華な看板には、
「ここから先、赤の領地。
女王様に逆らう者、打ち首の刑に処す。
女王様に平伏すもの、打つ首の誉あり。
女王様、万歳!!」
ハートに斧の印とともに、書かれていた。
「女王様に逆らっても、平伏しても、打ち首になるのね。」
「酷い女王様ね!」
「赤い鎧を着ていた人は、赤の領土を目指せと言っていたけど…。
女王様に会いに行っても、いいのかしら?」
「不安だわ。」
アリスは女王に危険な香りを感じた。
しかし、立派な城と豪華な看板に惹かれ、赤の領地に足を進めた。
赤の領地に踏み込んだアリスを待ち受けていたのは、
‥‥‥‥何も変わらない景色と音。
領地に入り込んだら、赤い何かが来ると思っていた。
しかし、何も起きない。
残念な気持ちと安心感が同時に沸き起こった。
「何も起きていないのに、なんだか複雑な気分だわ。」
「この世界はやっぱ不思議な世界ね。」
アリスは城を目指して赤の領地を進んだ。
歩いても、歩いても城との距離は縮まらない。
アリスはどれくらい大きな城なのか、想像してみた。
「お城に書庫はあるかな?」
城の中を思い浮かべながら、疑問を口にした。
「もしかしたら、青虫の情報を得られるかもしれない!」
想像はさらに膨らんだ。
「この世界の地図も欲しいなぁ。」
願いを口にしていた。
城についてあれこれ想像を巡らせながら歩いていた。
すると突然、
アリスの鼻に甘い香りが届いた。
香りはアリスを現実の世界に引き戻す。
匂いの正体はすぐに想像できた。
アリスの大好きな苺の香りが、広がっていたのだ。
犬みたいに鼻をクンクンと嗅いだ。
匂いに導かれるように走り出した。
香りを辿ると目の前に赤い沼が現れた。
沼から苺の甘い香りが漂う。
赤色の沼は血液にしか見えない。
アリスの頭に先ほどの芸術がまた、浮かんでいた。
しかし、無謀にもアリスは沼に近づいて液体をすくっていた。
液体はとろりとしていて、苺の香りがアリスを誘う。
「嫌なことよりも、好奇心に従わなくちゃね!」
誰もいない場所で、独り言を呟いていた。
ゴクリ。
アリスは迷わずに赤色の液体を飲む。
「美味しい!」
「頬がとろけるほど甘酸っぱい!」
アリスは苺の液体を、お腹が膨れるまでたくさん飲んだ。
「こんな沼が、家の庭にあればいいのになぁ。」
嬉しさのあまり、軽く踊っていた。
汗を流したアリスは、あたりの暗さに驚いた。
アリスは、明日も苺の液体でお腹をいっぱいにしたくて、
「ここで野宿するのもいいわね。」
誰かを説得するかのように言った。
ゴォォォォォ……
滝が流れ落ちるような轟音が響いた。
騒音はアリスを起こした。
目覚めは悪く、不機嫌な表情を浮かべる。
アリスは機嫌を直すために、苺の液体を飲んだ。
「うーん、何だろう? 沼が昨日と違う気がする?」
口に付いた液体を拭いながら違和感の正体を考えた。
「そうだわ! 沼が大きく広がっているわ。」
靴底が濡れるほど沼の水位が増えていた。
他にも異変がないか、沼の周囲を探してみることにした。
ほどなくして、滝の音の正体を見つけた。
赤色の排水管から大量の液体が沼に放出されていたのだ。
赤い液体は轟音を立てながら、沼へと流れ落ちる。
アリスは排水管から出る赤い液体をすくって飲んでみた。
「美味しい!」
「沼の苺と同じ味?いいえ、沼よりも新鮮だわ。」
排水管は遠くからひたすら続いていた。
アリスは管をたどって進んだ。
いつの間にか苺の沼は見えなくなっていた。
それくらい歩いたころに、
遠くから、ガシャン、ガシャンと音が聞こえてくる。
音に近づくと大きな建物が見えてきた。
建物は真っ赤に塗られ、煙突からは煙が立ち上っていた。
排水管もその建物に繋がっていた。
風に煽られて工場の煙がアリスまで漂う。
「え?甘い匂い?」
汚い工場の匂いを想像していたアリスは、思わず声を上げた。
「苺の様な液体に、甘い匂いの煙。」
「工場では、なにを作っているのかしら?」
赤い工場がアリスの好奇心をくすぐる。
アリスは工場に近づいた。




