十八話「道ではない、道」
アリスの足取りはとても軽い。
優雅な鼻歌を奏でながら、丘を進んだ。
道はやがて途切れ、深い谷が現れた。
鉛の髪飾りのように、
アリスの心も暗くなった。
アリスは崖の上から谷底を見下ろした。
谷は不気味な霧を纏う。
霧は嘲笑うかのように谷底を隠した。
アリスは崖から降りられる場所を探した。
周りには、朽ち果てた木製の看板が一つだけあった。
看板に近づいた。
朽ち果てた看板には、乱雑な文字が書かれていた。
「この先、この崎、この詐欺。」
文字は、消え。
新たな文字が出現した。
「静寂な!お茶会、永幕。」
「開幕じゃないの?」
アリスは看板に聞いてみた。
文字は、すぐに置き換わり、
「静寂な!お茶会、永眠。」
「永眠?」
「お茶会に参加したいんだけど、どうやったら、
そこに行けるの?」
「そこ、底、齟齬。」
看板の文字がアリスを煽る。
「お茶会の行き方を教えて!」
アリスは苛立ち、大きな声で言った。
「お茶会、終焉。」
「開幕。お茶会、開幕。」
「参加者、求む。
参加者求まない。」
次々に文字が書き換えられた。
「お茶会 の 場所 は どこ?」
アリスは、ゆっくりと大きく言葉を放つ。
「来るもの拒む。去る者拒む。」
その文字を最後に、
アリスは来た道を引き返した。
おかしなことに、
目の前には谷。
そして、
同じ看板。
アリスはもう一度、道を戻った。
同じ谷、そして看板。
「そうだと思ったよ」
アリスは変わらない景色にうんざりして愚痴をこぼす。
「お茶会へ導く道蟻。信じて進め。」
「消えた、階段に注苛!」
また、看板の文字が変わっていた。
「相変わらず、言葉の間違いが多いわね。」
「うーん、谷には見えない階段があるのかしら?」
アリスは恐る恐る足を谷に出した。
足には硬い感触が伝わる。
一歩ずつ、ゆっくりと階段を下って行った。
やがて、アリスは霧に包まれていく。
視界も、階段も何も見えない。
それでも、前に進んだ。
いつの間にか、見えない階段は見える道となっていた。
やがて道は緩やかな上り坂となり……。
丘へ続いていた。
アリスの表情は戸惑いを隠せないでいた。
霧が晴れ、周りの景色が鮮明になる。
そこには、さっきまで見ていた丘があった。
アリスは止まり。
一呼吸おいて、大股で歩き出した。
谷底を見下ろした。
「笑わないでよ。」
またもや、霧が嘲笑ったように見え、アリスは思わず叫んだ。
お茶会は優雅なもの。
しかし、この世界のお茶会は礼儀正しいはずがない。
もし、お茶会に参加できれば、
青虫の手がかりが見つかる気がした。
いや、確信していた。
アリスは看板に詰め寄った。
「どうすれば、お茶会に行けるの?」
アリスはむきになって看板を問い詰めた。
看板は、後ろに下がる。
すかさず、アリスは距離をつめる。
腕を組み、トン、トンと地面を踏み鳴らす。
看板は汗をかいているのか、色が滲んだ。
「すぐに答えて!」
アリスは眉間にシワを寄せて怒鳴った。
看板は方向を替えて、尖っている方を崖に向けた。
「見えない谷の階段は、下ったわ」
「その結果がここよ!」
アリスは汚れた靴を指した。
看板は、強調するように谷の斜め上を指した。
「なるほど! 上に登ればいいのね。」
看板の意図をくみ取り、聞いてみた。
看板は肯定するかのように、
素早く二回お辞儀をした。
谷の端に寄るアリス。
「降りる階段なのに、どうすれば昇れるんだろう?」
アリスは試しに、大きく足を持ち上げ、階段を昇るように進んでみた。
驚くことに、
降りるはずの階段は、いつの間にか昇る階段へと変わっていた。
アリスは、どんどん階段を昇っていく。
突然、
階段を踏んでいる感覚が無くなった。
違う。
見えない階段が、本当になくなった。
「キャー」
アリスは落下した。
落下した?
していない?
なんだろう、不思議な感覚。
紙が机から落ちるように、
ゆっくりと、ゆらゆら落ちていく。
霧がアリスを包み込み、落ちる速度はさらに緩やかになった。
風が心地よく髪をなびかせる。
あまりの気持ちよさに、アリスは思わず目を閉じた。
アリスの足に何かを踏んでいる感覚が蘇る。
目を開けると、地面を踏んでいた。
谷底に着いたのだろう。
景色は、いままでと明らかに違う。
「ふー、着いた。」
アリスの表情は明るい。
ガシャン、バリバリ、パリーン。
喧しい音が遠くから響く。
「五月蝿いわね。」
「音がする方がお茶会の会場かしら?」
「それじゃあ、行きますか。」
アリスは、招待状の届いていないお茶会へ向かった。




