十六話「間抜け」
アリスは振り向いた。
そこには、 人のように堂々と二足歩行で立つ獣。
背丈はアリスと同じで、ボロボロの服を羽織っていた。
頭には緑の羽飾り付き狩人帽を被り、弓と革の矢筒を背負う。
獣は、郊狼だった。
「まぬけな、ドードをみなかったかい?」
郊狼がアリスの肩に手を置きながら聞いた。
「見ていないわ」
アリスは手を左右に払り応える。
「そうか、みていないか。
残念だな。」
「よし、探しにゆくぞ!」
郊狼が図々しくアリスに言った。
「嫌よ、行かないわ」
アリスは獣の腕を肩から振りほどいて答えた。
「ところでお嬢さん、お名前は?」
「あなたみたいな失礼な獣になんて答えないわ。
匂いも臭いし」
アリスは、鼻を摘んで答える。
「かわいそうに、名前がないなんて。」
郊狼が哀れんだ表情でアリスを見た。
「アリス、アリスよ!」
「ほーう、名前はアリスか!」
大きな瞳が輝き、耳がピーンと立った。
続けて郊狼は言う。
「アリスと呼ばれる人を探してたんだ。
うーん、でも違うな。」
くんくんと匂いを嗅いで、
「長年の感が、お嬢さんではないと臭う。」
「よし、ドードを探しにゆくぞ!」
「行かないって、言っているでしょ!」
アリスは怒った。
「本当に、この世界の生き物は話が通じないわね。
だから、時間喰い。
そう呼ばれてるのね。」
「かわいそうに、さようなら。」
アリスは白兎と熊の後を追いかけた。
「そうか、気おつけてな」
郊狼は手を振ってアリスを見送った。
獣の臭いが消えた頃。
「まったく、無駄な時間だったわ。
熊の足跡も白兎の痕跡も、見当たらないじゃないの!」
アリスは木に蹴りを入れた。
「気をつけたまえ。
そこらじゅうに、罠が仕掛けてある故。」
緑色のドードがアリスに声を掛ける。
服は着ていない。
ただ、
頭がいいと言わんばかりに
学者帽を被り、
ネクタイを締めていた。
アリスはドードの言葉を無視して歩く。
「キャー」
アリスの視界は地面の中に埋もれた。
落とし穴に嵌ったのだ。
ドードが呆れた表情で、
アリスを見下ろす。
「助けてはくれないの?」
アリスは腕をできるだけ伸ばした。
「ふーん、この高さ。
実に浅はかなり。」
「私めなら、
もっと深く掘り、
尖った竹槍を仕掛けて置きますな。」
「何よりもこの雑な穴に落ちる。
あなたは、素晴らしいほどに浅はかですな」
ドードは上から目線で、不快な言葉を並べる。
さらに、真鍮製の小さな単眼鏡を片目に当て、アリスをじっと観察した。
「そろそろ、見つかる頃合いですかな。」
ドードはゆっくりとその場を離れた。
「罠にかかったな。
頭のわるい鳥め。」
興奮を抑えきれない郊狼が、大きな音を立てながら近づいてくる。
「鳥のために作った罠に、
なんで、
お嬢さんがいるんだ?」
郊狼は、
穴に落ちたアリスを眺め。
膝を曲げてがっくりと頭を抱えた。
アリスの頬が赤く染まる。
「鳥の罠なら地面に
仕掛けているのは、
頭が悪いわね。」
アリスは苦し紛れに言い、手を差し出した。
「みごとな罠を作った。
俺に、握手をもとめているのか?」
郊狼は穴の中に降りてきた。
アリスは呆れて何も言えない。
獣の手が力強くアリスの手を握る。
「握手なんて求めてないわ!穴から出して欲しかったのに、落ちてくるなんて!」
アリスは諦めて穴から脱出しようと試みた。
穴の深さは確かに浅い。
アリスが腕を伸ばして飛び跳ねれば、手が届く深さだった。
突然、
アリスの体が浮く。
郊狼がアリスを抱き掲げ、穴から勢いよく飛んだ。
一瞬の出来事だが、
空を浮いた感覚になった。
「ありがとう」
アリスはスカートに付いた、砂ぼこりを払いながら感謝した。
「そこにいたのか。」
郊狼は矢筒から矢を抜き、弓を構えた。
ビューン
鉄の矢尻がアリスの頬をかすめる。
「痛い、何するのよ」
頬から垂れる血を拭い、
叫んだ。
「命中!」
郊狼は完全にアリスを無視している。
そして、
矢が命中した先に急いだ。
不機嫌そうに、アリスも後を追った。
意地悪なドードの痛がる姿を想像して、
アリスの顔に笑みが広がる。
矢は木に命中していた。
「お見事! さすがね。」
アリスは皮肉を込めて、
パチ、パチと大きな拍手をした。
「ありがとう!おれは天才だな!」
木の下に血の痕跡を見つけて、郊狼は喜んでいた。
アリスは立ち止まり、木と血痕を見比べた。
「あの変な鳥だから、何かあるはず?」
「なんだろ?」
「……そうだわ!」
アリスは、パチンと一回大きく手を叩いた。
地面には血の痕跡がある。
血は、森の奥に続く。
でも、おかしいのは木と矢に血痕がない。
木からも垂れていない。
アリスは血痕を指で触り、匂いを嗅いだ。
何かの果物だろう、甘い香りがした。
アリスは郊狼の肩に手を置き、大きな声で言った。
「これは、罠だわ!」
毛並みの感触が気持ちいい。
郊狼はアリスの忠告など、聞いていない。
大きく音を立てて痕跡の後を辿った。
「その、大きな耳は節穴なの?」
アリスは大きくゆっくりと、叫んだ。
郊狼は森の中に消えた。
森の奥から、
「うわぁぁぁぁん!」
甲高い、犬みたいな悲鳴が聞こえる。
「愚かな犬ですな」
アリスの背後からドードの声。
「やっぱり罠よね」
「あなた達のお遊びに付き合う気はないの。
先に進むわ」
「頭のいいドードさんは、
他にも罠を仕掛けてあるんでしょ?
どこに仕掛けたの?」
アリスは丁寧に聞いた。
ドードは答えない。
ただ、羽で罠がある場所を示した。
「なるほどね、ありがとう。」
アリスは、ドードが指した方と反対の森へ進んだ。
突然、森の床が抜ける。
「キャー」
アリスは落下する。
穴はかなり深く。
叫び声がこだまする。
ドス。ドス。
腕、体、足。
眼球を無数の竹槍が無残にも貫く。
痛みが全身に広がる。
血の生ぐさい匂いが漂う。
「いやあああ!!」
犬よりも高い叫びが森に響く。
ドードは暗い穴に、
「頭が悪くて間抜けな、人間ですな。」
羽ばたく音が聞こえた。
ヒュー。
穴の底まで風が吹き抜ける。
竹槍は、アリスの意識を完全に途絶えさせない。
視界が明るくなる。
体が浮いていた。
傷だらけの郊狼がアリスを救いだした。
「いただきます。」
郊狼が手を合わせて頭を下げる。
アリスの喉を噛みちぎり、
ムシャムシャと食した。




