十四話「美味しい」
アリスは顔を上げた。
空は快晴だった。
とても陽気な気分で森を進む。
気分とは裏腹に、森の様子はおかしい。
木々はなぎ倒され、開けた空間が広がっていた。
巨大な爪が木を無残に粉砕した跡が、生々しく残る。
「熊が暴れたのかしら?」
アリスは木に刻まれた傷を、小さな指でなぞった。
雨によってぬかるんだ土。
土に残る熊の足跡が、
アリスを導く。
慎重に足跡を辿った。
足跡の水たまりに葉巻が落ちていた。
「あの白兎が吸っていたものかな?」
アリスはわざと葉巻を踏みつけた。
水と葉巻が混ざった汚い泥が跳ねた。
泥はアリスの服を穢す。
少し嫌な気分になった。
アリスはもっと服を汚すように、
わざと水たまりを跳ねながら進んだ。
アリスの顔も泥で汚れた。
なぜか、笑顔が溢れていた。
泥だらけの姿に、だんだんと嫌気がさしてきた。
水たまりにしゃがみ込み、腕を洗ってみた。
泥で泥を流すだけだった。
しかたなく、足跡をたどった。
森の中に池を見つけ、急ぎ足で近づいた。
顔と体の泥を落とした。
水は、綺麗で冷たかった。
手にすくい、飲んでみた。
「美味しい」
アリスは行儀の悪いことに口を池につけ、直接飲んだ。
水が体を潤していく。
チャポン
池の中にゆっくりと潜った。
しばらくの間、アリスは水浴びを楽しんだ。
バシャン
アリスは水から陸に上がった。
服が体に張り付き、とても重い。
アリスの足元に水溜まりができていた。
服を絞り、水たまりを広げた。
アリスの目の前に、これまた不思議な木を見つけた。
木は、アリスの背丈より少し大きい。
そして、美味しそうな果実が実っていた。
果実はリンゴ、オレンジ、ブドウの三種類が、同じ木に実っていた。
アリスは、木の周りを一周した。
「果実の他におかしなものは、ないわね」
大胆にもリンゴをもぎ取り、念入りに観察した。
「艶のいい鮮やかな赤。
うーん おなかすいたなあ」
「毒、あるの?
あるなら、返事して」
アリスは、リンゴに聞いていた。
――リンゴはうんとも、すんとも反応がない。
「この果物は普通なのかな?
違ったら、怒るからね」
アリスは口を大きく開けて、リンゴをかじった。
「うーん、味しい!」
夢中でリンゴを頬張った。
食欲は納まることなく、
ブドウもオレンジも、すべて食べつくした。
急激な眠気がアリスを襲う。
アリスはふらふらと体を揺らしながら、なんとか歩いた。
瞼が重い。
眠気に耐えられなかった。
ついには、木を背にして眠った。
「チュン、チュン」
アリスは鳥のさえずりを聞いて目を覚ました。
「ふぁー、よく寝た。」
アリスは腕を伸ばして、大きなあくびをした。
「コキ、コキ」
体の骨を鳴らして、立ち上がった。
朝になっていた。
「一日中、眠っていたのかしら、朝日がとても綺麗だわ。」
「空気も美味しい。
体もすごく軽いわ。」
アリスはぴょんぴょんと軽く飛び跳ねた。
そしてまた、池に近づいた。
水面にアリスの顔が浮かぶ。
肌はいつもより血色がよく、輝いていた。
顔を洗い、水を飲んだ。
「臭い!」
風にのり漂ってきた刺激臭に、思わず顔を曇らせた。
昨日、食べた果実の木から異臭がした。
「嘘でしょ、なんで?」
木のおぞましい姿に絶句した。
鮮やかな果物の見た目は、無残にも黒く変色し、腐っていた。
やがて、果物は地面に落ち、どす黒いヘドロへと変わった。
ヘドロは地面を黒く染め上げ、
侵食していく。
やがて、池の澄んだ水さえ穢していった。
アリスはたまらずに、その場から離れた。




