十二話「覚悟」
アリスは森の景色を堪能しながら、女の言葉を思い出していた。
「探して、青い…」
「うーん、何だろう?
青い生き物? それとも青い物?」
アリスは首を傾げた。
「そもそもなんで、一番大事そうなことを最後に言うかな?」
アリスは髪をいじりながら、ぶつぶつ文句を言った。
「深いことをいってそうで、わけわかんなかった」
「言葉に意味あるの?」
地面に落ちた枝をわざと踏みながら、森の中を進んだ。
「プオーン!」突如、軽いラッパの音が鳴り響いた。
音は森の中へ響き渡った。
白兎と巨大な熊の姿が記憶の中で蘇り、
思わず身構えた。
「バキ、バキ」
木々が倒れる音が近づいてくる。
アリスは口を覆い隠し、
身を屈めた。
やがて巨大な熊が姿を現した。
アリスは、森の茂みに隠れて様子をみた。
「おかしい、ここにいるはずなのに」
渋い、白兎の声。
白兎は、熊の背中に寝そべり、葉巻を吹かしていた。
「向こうへ行くぞ」
白兎は、そう言って、灰を熊の上に垂らした。
熊は唸り、遠くへ去った。
「ふぅー、危なかった」
アリスは一息ついた。
アリスは逃げたい気持ちを抑え、
好奇心に負けて熊を追いかけた。
「カサカサ、カサカサ」
アリスの後ろから、何度か聞こえた。
それは、音でなくたくさんの声だった。
「カサカサ、カサカサ」
また、聞こえた。
アリスは、後ろを振り向いた。
目に入る景色は、緑豊かな森だけだった。
「おかしいわね、確かに声が聞こえたはず」
アリスが、あたりを見渡していると、
「カサカサ、カサカサ」
声は地面から聞こえてきた。
アリスはゆっくりと視線を下に移した。
そこには、
アリスを癒す光景が広がっていた。
赤や青、黄色や桃色、たくさんの色がアリスの目を輝かせた。
日の光を浴びて、鮮やかに花が咲いていたのだ。
いや、
正しくは、
地面を歩いていた。
「あっち行っても地獄、そっち行っても地獄、こっち行っても地獄」
花がハーモニーを奏でながら合唱していた。
いくつかの花は、少し音程がずれている。
アリスの耳にはそう聞こえた。
アリスは一歩、二歩とゆっくり下がった。
うねうねと花たちがアリスに近づく。
花の行進は不気味で、アリスの目から彩を奪った。
「あっち行っても地獄、そっち行っても地獄、こっち行っても地獄」
花の不協和音がまた、森の静けさを穢した。
「どこに行っても地獄なの?
もし、来た道を帰ったらどうなるの?」
アリスは花に聞いてみた。
「地獄~」
赤い花が歌う。
それに、続いて他の花々が
「地獄~!」
息を合わせて歌う。
もちろん、合唱は汚い。
「館に戻るの?
あそこには、悪魔だか、魔女がいるって噂があるよ」
青い花が恐怖に怯え、体を震わせながらしゃべった。
「ちゃんと、話せるんだ」
アリスは思わず、心の声が漏れた。
「あなたが探している、青?」
アリスは青い花を手に掴み聞いてみた。
「ガブ!」
突然、青い花が噛みついた。
「痛い!」
アリスは思わず花を振り払った。
「地獄。地獄。地獄に落ちな~」
花の音が揃い、美しい合唱になった。
アリスは危険を感じて、駆け出した。
花が「カサカサ、カサカサ」と合唱しながら、追ってきた。
その旋律は美しい曲になっていた。
歌は、不思議なことにアリスから遠のいていく。
アリスはいつもよりも軽やかに、速く走っている。
おかしい、そして楽しい。
歌が聞こえなくなるまで走った。
アリスは呼吸を整え、切り株の上に座った。
「なんで、こんなに速く走れるんだろう?」
少し間をおいて、さらに続けた。
「ここは、理不尽だけど、理不尽じゃないのかも?」
アリスは顔を上げた。
そして、叫んだ。
「靴! きっと靴だわ!」
「服も靴も、不思議な力がある。
そうだわ、そうに決まっている!」
女の言葉をもう一度思い返した。
「この世界は危険。
多分だけど、死んで、生き返る。
不思議で危険な世界ね
でも、迷い込んだなら、きっと出口もあるよね。」
アリスは覚悟を決め、
立ち上がった。
「ゴンッ!」
突然、頭の後ろから強い衝撃が押し寄せてきた。
衝撃は、全身に伝わった。
「よし、うまくいったぞ」
「よくやった。」
アリスは男二人の声を聴いた。
やがて、
目の前が真っ暗になり、
完全に意識を失った。




