EP2(2)
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「一体どこまで行くんだよ」
トワリが尖った声を出した。すでに随分な距離を歩かされている。今ごろ、連中は二人がいなくなったと騒ぎだしている頃かもしれない。もっとも、連中がどう思っていても、トワリにはどうでもいいことだったが――。
「ねえ、ここ、覚えてる?」
がらんとした広場に出たところで、イチコが言った。
「いいや、何だここ」
「昔、ここで二人で星を見上げたの」
そういや――と、トワリはぼんやり思い出した。5年前の夜、トワリはひとり、この場所に座っていた。そこにイチコがやってきて隣に座り、しばらく話をしながら星を眺めた。あの頃は地面に青々とした草が生い茂る草原だったが、いまはは緑はすっかりと朽ち果てている。
「来たかったのは、ここか?」
トワリが尋ねる。けれども、イチコは首を横に振った。
「ううん。もうちょっと向こう」
「まだ行くのかよ……」
「ごめんね?」
イチコはあまり申し訳なくなさそうに言う。トワリも「別にいいけどさ」と素っ気なく返した。
まだ辺りには瓦礫が散乱したままであった。この付近には、マオとイチコが長い時間を過ごした祈祷場、そして寝床に使っていた小屋があった。その向こうに、大きな山がそびえ立っている。イチコにとっては、喜びも悲しみも織り交ぜて感慨深い場所である。
「この山に、マオ様とイッキさんがいるの」
ムラの跡地に造られた社には、もちろんマオとイッキの魂も祀られている。だが、やはりイチコにとってみれば、真の意味で二人が眠っているのはこの山の中なのだ。墓の場所まで行くことは難しいだろうが、せめて山の麓からでも、二人を弔いたい。
ピィィィィィ――。
イチコが口笛を吹いた。少しの間を置いて、バサバサという羽音が聴こえ、一匹のカラスがイチコの肩に止まった。5年の歳月を経て、伝書烏の身体もより大きく、逞しいものになっている。イチコはそのくちばしに、手に持っていた大幣の祓串を咥えさせた。
「これを、マオ様のお墓まで運んでね」
カラスは鳴く代わりに軽く首を縦に振ると、バサバサと山の方へと飛んでいった。
「いいのか?」
と、トワリが訊いた。
「うん。いつかはこうするつもりだったから」
手放すのは惜しいという気持ちもある。だが、マオの思いと霊力は、しっかりと受け継いだつもりだ。それに、マオにはずっと巫女でいて欲しい。そのために、彼女の象徴である形見の大幣は、今日ここでお返ししようと、イチコは心に決めていた。
これからは、自分専用の大幣を持とうと思う。やがて、それが彼女の想いや霊力を受け取って成長し、自分の片腕となってくれるだろう。
イチコは自由になった手で、隣にいるトワリの手を取った。
「何すんだよ」
とトワリは言ったが、イチコはさらに、彼の指と指の間に自分の指を絡めた。トワリは仕方なさそうに力を抜いた。イチコは再び山を仰いだ。
マオの想いと同様に、彼女が守ろうとした愛も、自分が受け継いでゆく――イチコはそう心に固く誓うのだった。そして、その相手となるのは、隣にいるトワリだろう、確証はないものの、そんな予感がした。
未来に何が起こるかは誰にも分からない。イチコの力をもってしても、未来の断片がわずかに見える程度で、先のことをすべて見通せるわけではなかった。
世界の状況は常に揺れ動く。大国といわれるヒノイリノクニだって、未来永劫盤石とは限らない。しかし、何が起ころうとも、未来を信じ、懸命に生きながらいのちを繋いでゆく。それが、いまを生きる者の責務なのかもしれない。
繋いだ手と手の間から生まれ、ふたりが共有する体温は、まるでマオたちから受け継いだ想いの証のようだと、イチコは思った。
<了>




