EP1
誰もいなくなった荒廃した土地。
たった一つだけ残った古びた小屋の中に、ある老人がいた。
彼は、ここがムラだった頃、長だった人物だ。
だが、誰もいなくなってしまった今、独りぼっちでただ朽ちるのを待つ身となっている。
もっとも、彼はもう、そうなっても良いと思っていた。
自分が懸命に治めてきたムラは滅び、跡取りの孫も亡くなってしまった。
もう、この世に未練はない。あの世に旅立った同胞たちに逢いたい――。
老人はそれが本望だった。辺りには食糧も飲み水もほとんどなく、望みが叶う日も近いだろう。
胸の中で、天に昇る覚悟を決め、老人はうっすらと目を開けた。
そこで彼は驚くべき場面を見た。
かすんだ眼前に、うっすらと少女が宙に浮いているのが見えた。
このムラの祈祷師だった、マオという巫女の姿だ。
まさか――と老人は思った。
彼女は、イッキとともに、山の中で同胞たちに殺されたと聞いている。
だとしたら……。
老人は思った。いよいよ自分は死ぬのだと。そして、わざわざ彼女が来てくれたのだと。
「マオ様、迎えに来てくださったのですか」
老人は涙を流し、彼女に手を差し出した。彼女はすうっ、と老人に近づいてきた。と思うと、彼女は彼の手ではなく、彼の首元に自分の両手を当てた。
「がはっ……!?」
老人がうめいた。彼女の手が、ものすごい力で彼の首を締めだしたからである。
「なぜ……?」
老人は苦しそうに声を上げる。苦しみに悶えながらも目を開けて、マオの顔を見た。まったくの無表情だった。しかし、その目の奥は対象的に、怒りや憎しみ感情で燃えている。老人は悟った。この者は自分を迎えに来たのではない。自分に復讐しに来たのだ――と。
(残念なことだ。そんなに儂は、この者に恨まれておったのか……。ならば仕方がない。こんな老いぼれの命など、くれてやる)
老人は薄れゆく意識の中で思い、その後がくりと果てた。
実は、老人の前に現れたのは、マオそのものではなく、ある意味で彼女の一部といえる存在だった。
山中で、彼女がこの世を去る直前。まだ彼女の内面に残っていた恨みや悲しみの残滓が、彼女の骸から遊離し、具現化したのだ。
この存在に名をつけるとしたら、どうなるだろう。人々の悪意の感情を受け取って凶暴化した存在を邪獣とするならば、この存在は悪意そのものによって構成された化身・邪霊というべきだろうか。
邪霊は、憎しみの対象であるこの地へとやってきて、そこに唯一残った老人を殺した。だが、彼女の内に秘めた恨みや憎しみが消え去ったわけではない。むしろ老人の死の間際の苦しみや絶望を吸い取った分、その情念は大きくなっていた。
邪霊は、悪意を宿したまま、さらに人の住処を目指すのかもしれない。そして、そこの人々にとり憑いて、不幸を蔓延させながら、自らの悪を増大させてゆくのかもしれない。
恨みは次の恨みを生み、連綿と続いてゆく。
邪霊は、まさに復讐の連鎖を生み出すべく、世界を浮遊するのだ。




