第二章(10)
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ムラに戻ると、辺りは文字通りの壊滅であった。
畑や田んぼ、建物など、そこいらのものはことごとく壊され、マオと過ごしてきた祈祷場や寝床も、跡形もなくなっている。
イチコは、ヒブリの背後で、馬が歩を進めても、いっこうに代りばえのない景色を呆然と見つめていた。どこもかしこも滅びの色しか感じられない。
すべてを失ってしまった――イチコの胸に去来するのは、痛みではなく虚しさだった。マオも失い、とうとうムラにいるのは自分一人になってしまった……。そう思った。
「あっ、イチコー!」
とそこへ、彼女を呼ぶ声があった。はっとして見ると、向こうから同じ年格好の少女が、手を振りながらこっちに向かって走ってくる。
「ミノカ……!?」
イチコはヒブリに馬を止めてもらって、地面へと降り立った。イチコを見たミノカは、なぜかあっと驚いた顔になった。
「イチコ、血が……大丈夫なの?」
自分の衣服を見て、イチコも驚いた。気がつかなかった。真っ白なはずの小袖が、ことごとく真っ赤に染まっている。マオとイッキの墓を作ったので、あちこちに土も付着していた。
「私は大丈夫。私のじゃないから」
イチコの反応に、ミノカも状況を察したらしかった。
「そうなんだ……」
「とにかく、ミノカが無事でよかった!」
イチコは努めて明るい声で言った。
「ヒノイリノクニの兵士さんたちが守ってくれたの。私を含めて、兵士さんたちの近くにいたムラ人は助かった。それ以外の人たちは多分、みんな死んじゃったけど――」
それでも、わずかでも生きていた人がいたことはせめてもの救いだ。
「行こう。みんな、イチコが帰ってくるのを待っているよ」
「うん!」
ミノカの言葉に、イチコは快活に応えた。
ムラの生き残りの数は、わずか三十余名であった。
だが、これだけであっても、生き残ってくれのは嬉しいことである。そして、ミノカの話してくれた通り、彼らを救ったのはヒノイリノクニの兵士たちであった。彼らはムラの武具よりもはるかに優れた武器を駆使して、襲い来る邪獣を食い止めた。それこそ、けものを蝕み、凶暴化させていた負の情念が消えるまで、ムラの人たちを守り続けたのである。
不思議なことに、あれだけの猛攻に遭いながら、ヒノイリノクニの兵士の中で犠牲になった者はいなかった。ヒブリはそのことに安堵するとともに、
「お前たちが身体を張って人々を守ったこと、軍の大将として誇りに思うぞ」
という称賛の言葉をもって彼らを労った。
その傍らで、イチコは複雑な思いだった。ヒノイリノクニ側に被害がなく、ムラの人々がほぼ死に絶えたという現実は、邪獣に託されたマオの悪意が、すべてムラの人間に向いていたことを意味するからだ。改めて、マオを犠牲にしながら存続しようとしてきた、ムラの業を思わずにはいられなかった。
とにかく、この場所はもう、人が住めるような環境ではなく、生き残った人々は新たな住処を探すよりほかはない。全員、ヒブリの率いる兵士たちとともに、ヒノイリノクニの都に向かうことになった。
ただ一人、長を除いては――。
「儂はもう、十分生きた。これ以上生きながらえるより、親しんできたこの地で生涯を終えたい」
誰も彼の決意を変えることはできないし、いつまでも何もかも失ってしまったこの場所に留まっているわけにもいかなかった。皆は、出発を決意した。
一同は森へと入った。とりあえずは、森を抜けたところにある使者たち専用の宿舎に赴き、数日はそこで過ごせるだろう。だが、問題はそれからだ。やがて、一行は長い長い旅路を行かねばならぬことになる。ムラの面々にとっては、まだどんな世界からもしれない、ヒノイリノクニまでの旅路を――。
誰しもが、故郷を失い、足元が覚束ないような、不安定さを感じていた。おまけに、無事ヒノイリノクニに行き着いたところで、そこが安住の地となるかも分からない。ただ、いまはただ、進むよりほかはなかった。
イチコはふと空を見上げた。鬱蒼と生い茂る森の木々の枝葉の合間から、まばらに空が覗いている。そこを一羽の鳥が飛んで、遠くの方へと過ぎていくのが見えた。あの鳥さんは、どこで生まれて一体どこに向かってゆくのだろう――と思った。そして、
(あの鳥さんも、そして私たちも、これから向かう先に幸せが待っていますように――)
と心の中で神にそう祈るのだった。
第二章ラストです。
本編はこれにて終了ですが、この後、少しだけエピローグがあります。




