第二章(9)
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ムラの終焉だ。
それは、これまで人々の苦しみをすべてマオに押しつけ、なおも彼女にその役目を追わせようとしたムラへの重すぎる代償なのだった。
イチコはこうなることを予期していた。イチコがムラでマオに別れを告げられた時、彼女の脳裏に浮かんだ風景は、いまの状況とまったく酷似していた。イゾウたちがマオを追って山に入っていった結果、山のけものの大群に襲われ、イゾウの率いる軍勢はおろか、ムラ全体が壊滅してしまう――そんな未来の光景が、あの時のイチコの脳裏に、断片的に流れてきたのだ。それを食い止めるため、マオを追いかけてきたが、運命を変えることはできなかった。
マオはただ力なく、その場にへたり込んでいた。自分がこれまで護ってきたムラを、自らで滅ぼしてしまった――その事実に打ちひしがられているようだ。
「こうなることはすでに分かっておった」
マオはぽつりと言った。
「いつぞやの祈祷の時、この未来はすでに予見しておったのじゃ。長やイチコに見えたものを話した時も、このことだけは言わずにおった。わらわの頭の中だけに起こった、ただの杞憂として片づけたいと思っていた。じゃが――」
それはイチコが見た光景と同じものだったのだろう。マオは、イチコに自分の霊力を分け与えると同時に、自分の予知した風景も共有したのだ。おそらく無意識のうちに。そして二人とも、その事態を避けようとしていた。だが、悲しいことに、運命は彼女が見た通りの未来を運んできてしまった――。
マオは弱々しい声で言った。
「のう、イチコ、わらわはこれからどうすれば良い。イッキも失い、故郷までも手にかけてしまったわらわは、これから先どうすべきなのじゃ」
「帰りましょう、私たちのムラに」
イチコが言った。
「残酷なことを言うな。現実を自ら直視しろというのか。それは嫌じゃ。いっそこの場で死なせてくれ……」
「それはダメです」
イチコのきっぱりとした言葉に、マオは意外そうな顔を浮かべた。
「私も故郷を失いました。マオ様までいなくなったら、今度は私がひとりぼっちになってしまいます」
「そうじゃ……まだイチコがおったな」
「そうです。マオ様が苦しむのなら、その苦しみを私も一緒になって背負います。だから、希望を失わないでください」
「分かった。一緒に帰ろう」
マオの瞳に光が戻った。イチコが嬉しそうに微笑む。マオもそれに微笑み返し、再び立ち上がった。その時――。
どんっ。
という衝撃が彼女を襲った。見れば、自分の胸元からぎらりと光る刃の切っ先が飛び出していた。マオの背後に傷だらけになったイゾウが立って、刃の柄を握っていた。邪獣たちの猛攻に瀕死の状態になりながらも、崖を上ってきたらしい。イゾウは血と泥にまみれた顔で、ニヤリと笑った。
「マオ様……!」
イチコが悲痛な声をあげた。イゾウが握った柄を引き戻して、マオの身体から刃を引き抜いくと、彼女の胸と口元から、おびただしい量の血が流れた。ぐらり……とマオの身体が傾き、倒れると思ったその一瞬の間――。
さっ、とマオは身体を回転させた。同時に、腕を横に薙ぎ払う。それは、迷いない軌道で、イゾウの首あたりに銀色の弧を描いた。彼女の手には先ほどイッキから託された短刀が握られている。刃が、イゾウの喉笛を切り裂いていた。
イゾウは、ばっくりと切れた首元から血を流し、うつろな目で天を見上げたかと思うと、そのままぐらりと後ろに倒れ、崖を滑り落ちていった。
イゾウの最期を見届けた後、マオもがっくりと膝をついて、後ろへと倒れた。
「マオ様!」
イチコとヒブリは、マオのもとへと駆け寄った。白の着物が血で真っ赤に染まっている。
「すまぬ……イチコよ。わらわはもう、ダメなようじゃ……」
泣いているイチコに、マオは最後の力を振り絞るように、笑顔を作り、そして言った。
「イチコ……そなたは生きよ。わらわの分まで幸せになれ……」
ここで、マオはがっくりと力が尽きた。
「マオ様、マオ様、マオ様……!」
イチコは泣き叫んで、彼女の名前を呼んだ。だが、その声に彼女が応えてくれることはなかった。
ひとしきり泣いた後、イチコは立ち上がった。
「ヒブリさん」
「何でしょう?」
「ムラに帰る前に、マオ様とイッキさんのお墓を作ってあげても構いませんか?」
イチコの横顔は、運命を受け入れるような覚悟の表情をしていた。
「もちろんです」
とヒブリは応えた。




