第二章(6)
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マオがイッキを牢屋から連れ出し、二人していなくなったという事実がムラの皆に伝わるまでに、それほど時間はかからなかった。
イゾウたち、ムラの要人たちは、血相を変えて祈祷場までやってきた。もっとも、その顔ぶれは以前とは少し変わっていた。現職を退いた長の一族はおらず、イゾウの方針に賛同していた首領たちや、彼に服従する者たちで構成されている。彼らの意思は、おおかたヒノイリノクニと敵対する方向で一致していた。
イゾウは、付き人でありながらマオの逃亡を許してしまったことを、イチコの失態だと非難し、マオはどこに向かったのだとイチコに問うた。それに対してイチコは、自分がマオたちの出立を見送ったことはあえて言わなかった。伝えないことは嘘と同義ではないと考えたのだ。
「あのじゃじゃ馬め……どこまでも余計なことをしやがる」
と、イゾウはマオのことを罵った。彼は、マオの祈祷のことは信用していなかったが、自分の政治にはまだ利用できると踏んでいた。いきなり出鼻を挫かれたことに苛立っているのだ。
「どうしますか?」
と、首領の一人がイゾウに訊いた。イゾウに心酔しており、彼からも可愛がられていたが故に、新たに首領に任命されたが、その実は教養がなく、腕っぷしばかりが自慢の無鉄砲な男である。
「決まっておる。すぐにムラ周辺をくまなく探して、何としてもマオを取り戻しにいく。イッキの方は、どうなっても構わん」
「ダメです!」
そこへ、イチコが甲高い声をあげた。
「――何だと? 何ゆえだ」
「いま、マオ様を追えば、このムラに災厄が訪れます」
「黙れ、小娘が!!」
イゾウはそう叫んで、イチコにすごんだ。
「黙りません!」
しかし、イチコもひるまない。イチコは、自分よりも何倍も大きな男の巨体を、負けじと見上げ、睨みつける。しばらく、互いの視線が交差する。ふいに、イゾウがあざけるように笑った。
「マオがいなくなって、今度は自分が指導者になったつもりか。だが、お前の出自などは、ムラの皆に知られておる。お前の言うことを聞く奴など誰も居らぬわ」
「……確かに、私はこのムラの出身者ではないし、生まれながらに捨てられた孤児です」
イチコは悲しそうに顔を伏せた。しかし、すぐにイゾウに向き直り、気丈に言った。
「でも、今はマオ様じきじきに後継者に指名された立場です。私の言葉は、神の言葉と同義。あなたたちにも従ってもらいます」
「煩わしいわ!」
イゾウが腕を薙ぎ払った。イチコはその力に押されて、その場に倒れ込んだ。イゾウは一同を見渡して叫んだ。
「こやつの戯言など聞く必要はない。兵を集めろ。何としてもマオを連れ戻すぞ」
そこへ、兵士の一人がやってきて、イゾウの足元に傅いた。
「申し上げます」
「ん、一体どうした」
兵士は腕を横に伸ばして、一方を指さして言う。
「マオ様の寝床で使われている小屋の裏手にある山の入口で、まだ新しいと思われる足跡をいくつか見つけました。おそらく、マオ様とイッキのものだと思われます」
「なるほど。あっちの方角に逃げたというわけか。よし、全員で山を捜索するぞ!」
イゾウを筆頭に、首領たちは去っていった。一人残されたイチコは、自分の非力さを噛みしめていた。けれども、悲しみに暮れている余裕はない。何としてもイゾウたちの暴走を止めなくては、本当に最悪の事態を迎えてしまう。




