第二章(4)
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イッキがマオと密会するために、人目を忍んで祈祷場に足を運んでいる――。
そんな噂がムラじゅうを駆け巡るまで、それほど時間はかからなかった。
もちろん、マオやイッキ、イチコがこの事実を他言するはずはなく、他に噂を流した張本人がいるに違いなかった。
噂というものは怖いもので、広まっていくにつれて尾ひれはひれがついてゆく。イッキがマオのことを一方的に好きになり、マオの迷惑も考えず足繁く祈祷場に顔を出している――というような形で話は広まっていった。
「ねえ、マオ様とイッキさんの噂って、本当なの?」
と、ミノカまで聞いてくる始末だ。
「皆が話していることは、事実じゃないよ」
「でも、それに近いことはあったってことだよね?」
「うっ――」
イチコは言葉に詰まってしまった。さすが、ミノカは鋭い。噂通りの話ではないということは断言できるが、マオとイッキに何の関係もないといえば、それは嘘になってしまう。神に仕える身として、嘘はついてはいけないと、イチコはかねてからマオに教えられてきた。
「とにかく、このままじゃ、まずいよ」
「まずいって何が?」
「イッキさん、ムラの掟を破った疑いがあるとして、査問会議にかけられてるってさ。場合によっては、イッキさんに重い罰が下されることになるかもしれない」
「マオ様は?」
「マオ様には直接罰が与えられることはないと思う。でも、イッキさんとはもう会えなくなるかも」
「そんな……」
なんと残酷な話だろう――とイチコは思う。男女の仲であることを脇においても、イッキはマオにとって、心を許した数少ない人物であることは間違いないのだ。
「おぬしら、一体どういうつもりじゃ」
マオの怒声が響き渡る。マオの前には、屈強な警護の兵たちが立ちはだかっていた。さらに、彼らの背後には、古びた小屋があり、その戸はものものしいかんぬきで閉ざされている。
この小屋は、良からぬことをしたムラの人間を一時的に閉じ込める、いわば牢屋のような場所だった。そしていま、この中にはイッキが幽閉されている。
「戸を開けろ。イッキを解放してやれ」
「マオ様、それはできないのです」
兵の一人が言った。マオは怒りに顔をゆがめる。
「おぬしらができぬというなら、わらわがやる。早くそこをどけ!」
マオが一歩足を出すと、兵たちはひるんだように後ずさる。神々しい存在であるマオは、触れることさえおこがましいと、恐れているのだ。だが、かといって、道を開けるわけにもいかない。
「どうしたというのだ!」
そこへ、イゾウがやって来た。マオはイゾウの方を向くと、怒りをこめた口調で言った。
「イゾウよ、これはどういうことじゃ。なぜイッキがこのような目に遭わねばならぬ」
「お前に言い寄ったことへの罰だ」
「イッキは悪くはない」
「しかし、本人が我々の前でそうと認めたのだ。よって罪は確定。首領同士と話し合った結果、無期限に謹慎していただくことにした」
人が良く、気弱なところのあるイッキだ。おそらく、イゾウたちにすごまれ、彼らの都合の良い方向に話を持っていかれてしまったのだろう。
「もうよい。わらわが長に話をつける」
フン――とイゾウは鼻で笑った。
「長には先に俺の方から話をしてある。今回の失態の責任を取り、長の任を降りてもらうことにした。今までの長の血筋に代わり、俺が新たな長としてムラの指揮をとる」
「なんじゃと――まさかおぬし、それを狙って……。わらわとイッキのことを探り、ムラに噂を流させたのもおぬしの差し金か」
呆気にとられたようにいうマオに、イゾウは傲慢な笑みを浮かべた。
「何を根拠にそんなことを言う。或いは、もし仮にそうであったとして、何の問題があるのだ。先の長ではこのムラを護ることはできん。ヒノイリノクニに対し抵抗もできず、ただ言いなりになろうとする腰抜けだ。ムラを発展させるには、強さで皆を統制する者が必要だ。俺こそが、その役目にふさわしい」
「此度の横暴、神が許すと思うな!」
「いま求められるのは神ではない。人々をまとめる指導者だ」
「――もうよい。イッキを出せぬというのなら、わらわもこの場所に一緒に閉じ込めてくれ」
「それはならん」
「なぜじゃ――?」
「お前にはまだ働いてもらわなければならん。神を信じ、神のお告げといえば無条件に従う民衆は多いからな。これからも、ムラの統制のために、せいぜい頑張ってもらうぞ」
高らかな笑い声をあげて、イゾウは去ってゆく。その後ろ姿を、マオは憎悪をこめた目で見つめた。己の私利私欲のために、マオにとって大切な人を計略にかけ、奪ってゆく。それが何よりも許しがたかった。明かな神に背く行いである。認められて良いはずがない。




