第二章(2)
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それから数日後、再びヒノイリノクニの使者たちがムラにやって来た。
すぐに会合の場が設けられたが、こちらも以前より条件が絞られ、中心となるのは長とシラヌイであり、互いを側近や護衛数名が固めるという、限られた人数の下で行われた。
「――お願いさせていただいた件ですが、その後どのようになりましたでしょうか?」
挨拶もそこそこに、シラヌイは本題を切り出した。
「……あいにくですが、まだ首領たちをまじえて協議中でして、結論は出ておりません」
長は歯切れの悪い返答をする。
「いつ結論は出そうですか」
「――それはまだ、なんとも……」
「分かりました。もう少し待つことにしましょう。ただ、そちらがどんな判断を下そうとも、我々の方針は変わりませんので、そのつもりで。あと、私も父であるわがクニの王より、此度の件はいつ決着するのか、とせっつかれていましてね。あまり返事が遅いと、こちらから動かせていただく――という可能性もなきにしもあらずなので、そのことも肝に銘じておいてください」
シラヌイの言葉遣いは丁寧ではあるけれど、その物言いには以前よりも挑発的で、威圧感があった。長はただ縮こまりながらも「分かりました……」と答えるしかない。
「では、とりあえずはこれで失礼します」
シラヌイは立ち上がり、踵を返した。歩き出そうとしたところで、ふと思い出したように、長を振り返って言った。
「――そうだ。この間流れてきた噂なのですが、ヒノデノクニが自身の勢力を伸ばすべく、温かな風の吹く方角へ遠征に出たそうです。そこを制圧すれば、今度はこちらに攻めてくるかもしれません。その意味でも、あまり悩んでいる余裕はないと思いますよ」
シラヌイはそう言い残して去った。長は改めて思い知らされた。一応はこちらを立てるように話が進められてはいるが、その実、すべての決定権はあちら側にあるのだ。こちらが返答を保留すればするほど、状況は悪くなる。
これはもう、この地をヒノイリノクニに差し出すほかないのではないか――と長は思った。
だが、問題はイゾウをはじめ、それを良しとしないムラの要人がいることだった。そのような者たちにムラを明け渡すといえば、それを不服として反乱を起こす可能性だってある。そうなれば、今度こそヒノイリノクニの怒りを買い、本当にわが一族が滅びてしまうことになるだろう。
長は頭を抱えた。何とか、うまくやりきる方法はないだろうか。
長とシラヌイが会合をしている間、マオとシラナミは別室で待機していた。
男たちの緊迫した話し合いとは違って、こちらでは和やかな空気が流れている。先日の宴で場を共有してから、互いに少しは気心の知れた関係となっていた。
「今ごろ話し合いは、どのようになっているでしょう――」
シラナミの呟きに、マオが言った。
「シラヌイ殿にすごまれて、長はたじたじになっているかもしれんの」
長に優柔不断で気弱なところがあることを、マオは当然のように知っている。それに、状況はすでに手詰まりであり、このムラがヒノイリノクニの一部になること以外に未来はないことを、彼女自身よく分かっていた。シラナミは苦笑した。
「兄はああ見えて、一度こうと決めたら絶対に曲げない強情なところがあるんです。ムラの皆様には申し訳ないところですわ」
「いや、それだけの意志がなければ、大国の要人は勤まらぬじゃろう。――そうじゃ、一つ聞いてもよいか?」
「なんでしょう?」
「なぜ、そこまで周辺のムラやクニを、自分たちの領土にしたいと思う。クニを強大化したいという意思は分かるが、今のところ、ヒノイリノクニはこの地域のみならず、他の地域と比較しても、とりわけ大きな勢力を誇っておることじゃろう。そこまで急いで、力を伸ばす必要はないのではないか」
「なるほど――確かに、そのような疑問をもたれるのは自然なことかもしれません。ですが、わが父君や兄君たちは、それをする理由に足る、大きな理想を抱いているのです」
「理想――とな?」
「現在、この地には多くのクニやムラが独立して存在しています。しかし、私たちはいずれ、この地全体を平定して、一つのクニにしたいと考えているのです」
「なんと……」
「現在、私たちのクニは海の向こうに夕日が沈んでゆく様子から、“ヒノイリノクニ”と呼ばれています。しかし、この大地全体が一つのクニとなれば、地平線から朝日が昇るさま、天を流れてゆく様子、すべてを見ることができるでしょう。太陽が昇り、沈んでゆく、日のもとのクニ・日本です」
「何というか……壮大すぎる夢じゃな」
「かもしれません。ですが、父君や兄君は、本気でそれを実現したいと思っているようなのです。そして、王族の願いは、クニの願いそのものです。どれだけの年月がかかろうとも、世界にとどろく一つの国家を造り上げる。それが私たちの掲げる、いちばんの目標です」
果たして、そんなことが実現できるのかどうか、マオには分からなかった。もしできたとしたって、それは彼女の力でも見通すことはできない、遠い未来の話に違いない。シラナミはつづけた。
「そして、それを実現するためにも、絶対な権力をもつ王や屈強な軍隊の他に、神の力で人々を動かす巫女や祈祷師が必要です。兄君は、マオ様にその役を担って欲しいと思っているのです」
「そんな大役――わらわには無理じゃよ」
と、マオは自虐的に笑った。
「ご謙遜を」
とシラナミは返したが、
「わらわの力など、この小さなムラを治めるだけで精いっぱいじゃよ」
と、マオはまるで悟ったかのような目で微笑んだ。
「――じゃが、それができそうな人間はこのムラに一人だけおる」
「マオ様よりも強い力をもつ者がいるというのですか」
「その通りじゃ。もっとも、その者は、まだ自身の神秘の力に気づいてはおらぬ。しかし、その目は確実に未来に見て、それに見合う行動を無意識に取っておるようにみえる。いつか、眠った才能を開花させ、数多の人々を導く存在になるやもしれぬ」
「一体誰なのですか、それは」
と、シラナミが問う。「その者は――」とマオは言いかけたが、言葉を止め、ゆっくりとかぶりを振った。
「いや、あえて言うのはよそう。本人が自身の運命に気づくその時まで」
「あっ、ヒブリさーん!」
待機するヒノイリノクニの従者たちの中にヒブリの姿を見て、イチコは大きく手を振った。声に気づいたヒブリもイチコの姿を認め、
「イチコさん」
と、手を振り返す。たたた……と小走りでイチコがヒブリの方へと近寄ってきた。
「お久しぶりです」
「そうですね。トワリとはよく文通をしているようですが。でも、あいつは、イチコさんに失礼なことを書いたりしていませんか?」
あはは……とイチコは笑った。否定しないところをみると、お察しくださいという感じのようだ。
「――今日はトワリくんは?」
「置いてきました。来たがっていたんですけどね。今回は少数精鋭での訪問ですので」
「そうなんですね」
「でも、また近々会える日もあると思いますよ」
「そうですね。私もなんとなく、そう遠くない未来、お互いすぐ近くに居られるような気がしているんです」
イチコの物言いに、ヒブリは一瞬表情を固めた。まだこのムラのなかでは要人しか知らないはずのヒノイリノクニの目論みを、イチコがすでに知っているのではないか――と疑ったのだ。彼女はマオの付き人であるため、聞かされている可能性は高い。しかし、ヒブリのそんな思惑とは裏腹に、イチコは屈託のない笑顔を浮かべていた。どうやらその心配はなさそうだ――。
願わくば、彼女の無邪気で可愛らしい笑顔を、悲しみの色に染めたくはない。どのような形であれ、この子たちの幸せが続く結果になって欲しい――とヒブリは思うのだった。




