第一章(10)
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100人ほどの人間が暮らしていた集落だったが、邪獣の攻撃により、完膚なきまでに破壊されていた。一夜にして、ムラの一部が消滅してしまったのである。
ムラは早々にその後始末に追われる羽目になった。壊れた家や小屋の瓦礫の撤去に、犠牲になった人々の弔い、他の集落への注意喚起、この先のこのようなけものの襲撃に備えての防壁や防御柵の強化など、早急にしなくてはならないことはたくさんある。
それに加えて、ヒノイリノクニの使者たちの出立の時が迫っていた。ムラの要人たちからすれば、この忙しいさなか、使者たちなど放っておきたいのが本音ではあった。だが、大国の人間たちともなれば、無下にはできない。うわべだけでも丁重に送り返さないと、後が怖いからだ。
ただ、先の邪獣の襲撃で犠牲になった兵士は、ムラの人間たちばかりで、ヒノイリノクニの側は使者・従者ともに誰も死ななかったことは幸いであった。相手側の人間がひとりでも死んだとなれば、さらにややこしい問題に発展しかねない。
出発に備え、シラヌイやシラナミ、ヒブリといったヒノイリノクニの一行は、ムラの門の前に集まっていた。トワリもヒブリの隣にいた。ムラの要人たちもそれを見送ろうと同所に集まっている。そこにはマオとイチコの姿もあった。
イチコはヒノイリノクニの使者たちに混じって立つ、トワリのもとに近づいていった。
「ね、ねえ、トワリくん」
「――ん?」
おそるおそる話しかけるイチコに、トワリは振り向く。
「昨日はごめんね?」
「何がだよ」
「『嫌い』なんて言って」
イチコは昨夜の自ら発言をずっと気にしていた。せっかく仲良くなりかけていたのに、あの一言ですべてをぶち壊してしまったと思うといたたまれなかったのだ。それに対して、トワリは応えた。
「ああ、ぜんぜん気にしてねーよ。言われ慣れてる」
「こら、そんな言い方があるか」
と、そこへ、トワリの隣にいたヒブリが言って、彼の頭を拳で小突いた。
「いってーな、何だよ兄貴!」
と、トワリは兄に悪態をつく。
「お前こそ、このお嬢さんに、言いたいことがあるんじゃないのか」
「うるせーな! 兄貴には関係ないだろ」
と、トワリは反抗したが、ヒブリはそんな彼に少し厳しい目を向けて、イチコに向き合うように促した。トワリは観念したようにイチコに向き直る。
「……俺も悪かったよ」
「何が?」
「あのマオって人、あんたにとっては大事な人なんだろ。それをお前の前で悪く言った」
トワリはきまりが悪そうにぼそぼそと言ったが、そんな彼の言葉に、イチコの顔はぱあっと明るくなった。
「許してあげる」
と快活に言った。トワリは文字通り子供じみた様子で、うつむいて黙り込んでいる。そこにヒブリが入った。
「コイツ、分かると思いますけど、ひねくれ者で友達も少ないんですよ」
「私も同じです。ひねくれ者ってところは違うと思うけど」
飽くまでも、共通しているのは友達が少ないという部分に関してだけ――という意思を示すイチコ。
「でもね、こう見えて可愛いところもあるんですよ。昨夜も、あなたに酷いことを言ってしまったことをとても反省したようで、そのことを寝床で俺に話してきました」
「……余計なこと言うなよ!」
と、顔を真っ赤にしてトワリは抵抗する。興奮しているのか、早口でイチコに言った。
「そうだ、お前に渡したいものがあるんだ」
「えっ、何?」
「ちょっと待ってろ」
と、トワリは去っていく。どこに行くんだろ――と、イチコは気にかかる。ヒブリがトワリの行く方を見ながら、「あはは、照れくさかったのかな」と呟いた。この兄も、弟に対して容赦ないものだ。
「あんな弟ですけど、よかったらこれからも仲良くしてください」
「もちろんです。――でも、もうしばらく会えないのかな」
イチコは残念そうにつぶやいた。住んでいる場所が違う者同士、互いに気軽に会いに行ける関係ではない。もっとも、このムラがヒノイリノクニの一部になってしまえば話は別かもしれない。だが、この時点ではまだ、イチコはヒノイリノクニの使者の来訪の理由を知らなかった。
「安心してください。トワリと会う機会は、これから度々あると思います」
「――えっ? それってどういう……」
ヒブリは使者としての目的の件はあえて言わないようにしつつも、イチコに告げた。
「実は、我々は、これからも、このムラを訪れようと思っているのです。それで、このムラからほど近い場所に、使者専用の休憩小屋を建てる予定なのです。私もトワリもしばらくは、その場所に留まることになると思う」
「そうなんですね」
イチコは安堵した。思ったよりも、トワリとの距離は遠くならずに済みそうだ。
そこへ、トワリが大きな木の箱を持って戻ってきた。
「ほら、これやるよ」
と、イチコにそれを手渡す。
「ありがとう。でもこれ、何?」
「開けてみな」
トワリの促され、イチコは箱の戸を上に引いた。中から真っ黒なカラスが、羽をばたつかせて飛び出してきた。「わっ」と驚いて、イチコは倒れて尻もちをついた。カラスは彼女の肩にひらりと降りた。
「――これ何なの?」
「伝書鳥さ。俺が2年かけて育てたんだ。手紙や小物を咥えさせれば、目当ての相手にそれを届けてくれる」
「へえ、すごい鳥さんだね」
と、イチコは言った。そこへ、カラスはイチコの肩から飛び上がり、イチコの眼前で羽をばたつかせながら「カァ」と一つ鳴いたと思うと、そのまま飛び去っていった。
「行っちゃった……」
と、イチコはカラスの飛んでいた方を見ながら、呆けた様子で呟く。
「イチコのことが気に入ったみたいだ。用がない時は放っておいたらいい。森で放し飼いにしておいて、用があれば口笛を吹いて呼ぶんだ。ちょっと我の強いところがある奴だから、最初はちょっと苦労するかもしれないが、うまく手なずけられれば、俺たちとのやり取りくらいは簡単にできるようになるはずだぜ」
「ありがとう。やってみる」
と、イチコは応えた。
そろそろ、ヒノイリノクニの面々の出発の時が近づいていた。
「お気をつけてお帰りくだされ」
と、長がシラヌイに言う。マオも深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。――しかし、また近いうちに参りますので。例の件の返答も聞かなければいけませんし」
シラヌイの言葉に、長の顔が強張った。だが、シラヌイはそんなことお構いなしで、ニコニコとした笑顔を崩さずにいた。
やがて、出立の合図があった。ムラの門番たちが、綱を引いてからくりを動かし、重厚な門が開かれてゆく。ヒノイリノクニの一行は、門をくぐってムラを去っていった。
遠くなってゆく彼らの姿を見送りながら、ムラの面々はそれぞれの思惑を抱えていた。ヒノイリノクニに対して否定的な見解をもつ者もいれば、そうでなくとも複雑な感情を抱く者もいる。ムラの前途を案ずる人間も、自分自身の保身を考える人間もいた。
そのなかで、イチコだけが、新しい男の子の友達ができたことを喜び、また彼に会える時が来るのを心待ちにしていたのであった。
これで第一章は完結です。
後編となる第二章も随時公開していきます。




