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騎竜飼育員はじめました。  作者: 亜新ゆらら
その7.存在の証明に必要なもの
43/45

06







 あの匂い、間違えるはずがない。


 彼女の匂いを辿ってサラザールが住んでいる、飼育所のすぐ側にある森山へ向かったサンディアルトは奇妙なものを見つけていた。


 当然飛んでいった方が早いことから飛竜の姿のまま向かったサンディアルトは、もちろんサラザールが言ったような規制は受けなかった。それが彼が言った規制の範囲外からだったからなのかは不明だが、下から行くより上から行ったほうが手っ取り早いのでその意志に従ったことには違いない。


 そうして見つけたのは少し開けた場所にあった、小さな荷馬車と火を熾した後。明らかに人がいたであろう痕跡だ。ごく最近のもののようだったそれは、下手をしたら昨日もその場にいたかのように真新しいものだった。そしてそこのあった複数の人間の匂い。


 一番強かったのは姿を確認できた煙草臭い男の匂いだったけれど、それ意外にも複数の存在が認知できた。


 一つはフレディのもので、一つはその煙草男のもの。その他にも他人が居たことは認識できたが、その中でも異様に光る人工的な香水臭のせいでそのほかの微かなものが読み取りづらかった。


 しかし微かであろうとそれだけの匂いがあるということは、そのサラザールの施したものは彼の言うような機能を有していないということになる。


 そう一瞬考えたけれど、それはないとサンディアルトは自分の考えを否定した。


 サラザールの作るものが不能だったことは、実はあまりないのだ。彼の師であった人も非常に確実なものを作ることで有名な人であったし、サラザール自身もそんな彼に似た性格をしている。


 だとしたら残る可能性はひとつだけ。考慮を凌駕する例外があったということに他ならない。


「だが、事実人の気配…というか、匂いは一つではなかった。オレは上から飛んで行ったからかもしれないけど、この陣の辺りでも視界に問題はなかったよ。確認できた人の姿は異様に煙草臭い中年ひとりだけだったけれど、それ以外にも気配があったということはその結界を出入りできている人間がいるということではないのかな? …どこまでが結界範囲なのかオレは知らないけれど、人の気配があったのは間違いない。街の人はあそこには近寄らないし、深く考えなくても外の人間だと考えるのが妥当だろう」


「そう、だね…。その子が普通に戻ってきたのも、僕の結界が上手く作れてなかったってなら別におかしな事じゃないし。…もし失敗じゃなかったんだとしたら、支柱を壊したのはそいつらかもしれない。それなら山向こうに続く獣道にしかけた幻術は、現状展開すらしてない状態ってことになる。でもそれは……」


 そこまで言ったサラザールは難しい顔をして言葉を切った。


「ちょっとまってくれ。お前は一体あの場所になにをいくつ設置したんだ?」


 そんなタイミングで、頭が痛いというように額を抑えたアリアディスが待ったを掛ける。


 その言葉に一瞬だけきょとんとしたサラザールは、アリアディスの質問を指折り数えながら答えていった。


「えっと、まず黒竜の結界の側に追跡術をひとつ。次に山向こうに続く、一応道って呼ばれるところには幻術をひとつ。そんでその道すがらを少し下ったところに小さい包囲結界をひとつ。ないと思ったけど一応幻術の保険だ。それと山にさしかかる手前の辺りにもしかけた。これは幻術の保険とは別物だけど、たしか少し開けたちっちゃい池があるところら辺だったかな。多分サンディが見つけたのはこっちだろう」


 そう言ってサラザールは一瞬サンディアルトに視線を向ける。そして少し間を置いて話を続けた。


「この小さい包囲結界は土台がいらない、陣だけで構成してるものなんだ。だからあんまり強い力で拘束は出来ない代わりに、支柱がないおかげで傍目には分かりづらいってのがメリットかな。ぶっちゃけこっちのは外から来るものへの対策って言うよりは、下から登れないようにしたものなんだ。まあ、なんていうか…おもしろ半分で探ろうとしてくる街の人をいちいち追い返すのが面倒くさくなったんだよね。だからこれには方向感覚を曲げるような仕掛けを……って、あれ?」


 今やあの場所に行くような人間は街にはいない。それはサラザールのそんな努力のたまものだったのかもしれない。


 やり方はどうかと思うが、変に言葉で制するよりは余程効果的だろうと窺えた二人は、そこに対して敢えてなにも言わなかった。


 するとサラザールは、途中で何かがおかしいと気付いたのか首を傾げた。


「変だな。支柱の一個が壊れてたって言ってたけど、その中年ってその壊れた支柱の近くにいたの?」


「ああそうだ。…でも少し違う。男がいたのは小さい池の所だった。俺が見つけたのは、そこにある陣だけだよ」


 そう言ってサンディアルトが視線を向けたのは、机に映し出された一つの映像だ。


「でも壊れた支柱があったのは、その男が捕らえられている陣の側だった。…今のを聞くと、確かにちょっとおかしいね」


 サラザールの疑問点が、話を聞いていただけのアリアディスにも理解できた。


 その中年だという男が包囲結界に捕らえられているという場所に壊れた主結界の支柱があったというなら、それが池の側であるはずがない。


 そこにあるのはサラザールがしかけた小さな陣術で、方向感覚を曲げるもの。それは恐らく、かかったまま突き進めば元いた場所に戻るというものだ。


 なにかを捕らえたり拘束したりといった力が主軸とはなっていないもの。だとしたら、その男を捕らえている結界というのは一体どこのなんだというのか。


「……もしかしたら、その結界僕が作ったものじゃないかも」


 ぽそりと小さく呟かれた言葉に、その場の二人は耳を傾けた。


「その男が捕まったっていう小さな包囲結界。池の側にそんな強固なものはしかけていない。そもそも山から下った森林の辺りに仕掛けたのは、下から上がれなくしたものだ。だから強固なものはもっと上に仕掛けたものしか存在しない…というか僕は知らない」


「…では、その支柱は? というか、それは本当に主結界の支柱なのか? 別物ってことはないのか?」


「それは、俺の目では分からないな。サラが見てきてくれるのが一番だけど」


 そう言ってサンディアルトはサラザールに視線を向けた。するとサラザールは難しい顔をして考え込んでいた。


「本物かどうか、か。…悪いけど、それは僕にも分からないかも」


 そう言ってしょんぼりと肩を落としたサラザールの言葉に、二人は顔を見合わせた。


「だってそれは、元は師匠が見つけて改良したものだ。そこに僕は関わってないし、それに…僕は師匠と違って結界や方陣を作るのはあまり得意じゃないから…」


 はあ、と小さくため息を零して、とても悔しそうに呟いた言葉はなんとも言えない苦々しさをもって小さく響いた。


 どんなことにも得意不得意というものは存在するものだ。努力だけでは越えられない壁があり、覆らないことだってきっといくつもあって然るものだと思う。


 サラザールの言葉からは、まるでそんな空気が零れているかのようだった。


「だから師匠が解読した飼育所の結界や媒体を持った結界と僕が作ったものは強度も有用性も全然違う。だから魔術や結界術に精通してる人なら、僕の作ったものなんか解除も無効化も別に難しいことじゃない。でもどちらにしろ、この国にそんなこと出来る人はいないよ。…だからそうなると、“そういう人”が来てるってことになるけど…」


「……」


 彼の言う「そういう人」とは魔術を扱える、またはそれを要する知識を持った人間ということだ。サラザールはその先を口にはしなかったけれど、サンディアルトとアリアディスの沈黙は同じ意を持っていた。


 それは、確実に外の国から来た魔術師がいるということだ。


 基本的に秀でた特産物も大してないこの国に観光以外で訪れる人は少ないし、魔術師の類いがただの観光目的で旅行をしているなんていうのは少し楽観視が過ぎるというものだ。


 そもそも魔術師は自分たちの能力を毛嫌いしているこの国にあまりいい印象を持っていない者が多い。用がなければ訪れもしないだろう。商売人だったとしてもきちんと入国記録を残すのが今では普通だし、当たり前の世の中だ。


 問題は、その“何もない国に入国した記録を残したくない理由”だった。


「竜の飼育所の結界は師匠が解読して以降は、あの建物の扉を判定にしてる。開けるには鍵がいるし、扉からじゃないと不可能だろう? ちょっとだけ中の空間判定を変えてるから、実際外から見た大きさと中に入ったときの広さは別物だ。たとえ外から壁をぶち破っても結界の内側には入れないし目視も無理。まあそもそもぶち破れもしないだろうけど…作り方も大きさも範囲も、簡易とは桁が違うんだ。…でも、たとえばその池の結界、それが僕の作ったものじゃないんだとしたら、余計に何事もなく入って出るなんて出来ない気がするよ。だって現に、その結界の中の男は内から外へ、なにも働きかけられてないんだろう? それほどのものにどうやって何事もなく干渉したのか僕の方が知りたいよ…。その、フレディって人、魔術師かなんかなの?」


 サンディアルトとアリアディスに視線を向けたサラザールは、心底不思議だという顔でそう問いかけた。


「どういうことだ? 俺はなにも聞いてないが…」


 けれど残念ながら、その答えは誰も持ち合わせていなかった。


 アリアディスはちらりとサンディアルトに目を向けて発言を促すけれど、気付いたサンディアルトも、結局困ったように肩を竦めてみせるだけだった。


「……従兄弟のアリーが知らないなら、俺が知るわけがないだろう?」


「黙っていた…ってことか? でも、あいつにそんな特殊な力なんてないと思うが。飼育所の建物に入ったとき「魔法みたいですごいね」なんて言ってたくらいだからな。きっと実質的な距離が中と外では違うなんて事にも気付いてないんじゃないか?」


「ああ、それならたとえ知識を持っていたとしても気付かないかもしれないね……」


 ちょっとだけ呆れたように嘆息したサンディアルトは、アリアディスの言葉を然りと捉えた。


「魔術を扱えるほどの資質があるなら何かしら兆しがあったと思うが、それでも気付かないなんて……あるか?」


「いや、僕に聞かれても……でも、魔術や魔力の知識が皆無なら、おかしな事が起こっても気のせいだと自己完結しても不思議じゃない、かも…?」


 問われたサラザールも言いながら首を傾げた。


「本気か? だとしたらそうとう鈍……」


 鈍すぎるのでは、と口にする前に気がついた。あるかもしれない。


 従兄弟のどこか鈍くさいところに加えて興味ないことにはあまり関心のない性格を思い浮かべたアリアディスは、ちょっと変だな、くらいのことなら普通にスルーしそうだと気がついた。


 たとえば「ただなんとなく」で済ませている部分があっても不思議ではないほど、彼女は自分のことにはとても鈍感だった。それは一緒に働くようになってから知ったことだが、無意識なのか意図的なのかは分からなかった。


 それまでだって親戚だからといって特別に交流が深かったわけではないし、どちらかというとアリアディス本人は彼女を避けていたという事実も一つの要因だった。


 アリアディスは昔から、あの従兄弟のじっと人を見つめる目が苦手だったからだ。


 まるで知られたくないことまで見透かしそうなほど深い色をした目にじっと見つめられると、後ろめたいことがなくてもいたたまれない気持ちになってしまう。


 だが例え日頃からもう少し交流を持っていたとしても、自ら特異なことを口にするとは思えないし、魔力の欠片も感じ取れない自分では恐らく気付くことは出来なかっただろう。


 ならば彼女がどんなに鈍感だろうがあまり関係がない。そう本気で考え込みだしたアリアディスに、サンディアルトは口を開いた。


「そもそも彼女は、この国に普通に魔術の類いがあることを知っている風ではなかったから、知らないだけではないかな? 伯爵は…知らないはずはないと思うけれど、必要ないと思って敢えて子供には伝えていないのかもしれない。吹聴することでもないし、必要とあらばそのときで良いと思われたんだろう。まあ、特に身体に異常を来たさなければ、本人が知らなくても支障はないことだしね。…しかし、なんとなくだけれど彼女の周りは不思議な感じがするから、魔力と明確に定義できなくても何かあるのかもしれないね」


「…魔力のようなものを持っているけど今まで何ごともなかったから気付かずにきた、ということか? だがアストメリアには魔術を扱う人間なんかいなかったと思うが……」


「魔力なのかなんなのかは分からないけれど、なにか不思議な感じがするのはするね。単純に空気が違うっていうだけかもしれないが、気になるなら一度鑑定士に見てもらうのも良いかもしれない。ここにはいないが隣の国には腕の良い鑑定士がいると聞いたことがある」


 基本的に遺伝的な要素が大きい魔力の保容について、今まで何もなかったということは極々一般的に「魔術を扱えない人間が持ち得る容量」しか保持していなかったということではないだろうか。


 そしてそれをつぶさにするのが鑑定士という職業だった。


 色々なものを視ることの出来る鑑定士というのは貴重な存在で、どちらかというと魔術師と似たような立ち位置にある。


 故にこの国には存在しないが、そもそも数が少ないので鑑定士という職業はとても重宝される存在として世界中で認識されている。


 本人が知りたいと望むならそれも良いのかもしれないと真剣に考え出したアリアディスを横目に、黙って話を聞いていたサラザールは驚いたように目を瞠った。


「まって、い、いま竜を飼育してるのってアストメリアの人間なのか!?」


「あ、ああ。それがどうかしたか…?」


 否定して欲しそうに問いかけたサラザールの言葉は、本人の願いも虚しくアリアディスの一言ですんなり肯定された。


 まじかと唖然としながら紡いだサラザールの言葉に、今度は二人が目を瞠った。


「…っ、どうかって…、……っ大昔に黒竜のあの結界を造ったのはアストメリアの人間だ!」


「――は?」


 思ってもいなかった名前が突如上がったことに、アリアディスとサンディアルトは驚きを露わにした。なぜもどうしても思い付かずに眉根を寄せて難しい顔をしていると、サラザールが言葉を続けた。


「リリアナ・アストメリアという人間が、恐らくあの結界には関係してる。詳しいことは分からなかったけど調べている内にその人の名前が出てきて、気になったから調べてみたんだ。そしたら彼女は貴族で、アストメリアの人間だったことが分かった」


 アストメリア家と親戚だというアリアディスも、サラザールの話は寝耳に水だった。意味として認識するまで時間がかかってしまい、しばし唖然としてしまってた。


 そんなアリアディスにちらりと視線を向けたサラザールは、少し言いにくそうにしながらも言葉を続けた。


「アストメリアって、ほら…なんていうか、昔から位階の叙爵をずっと断ってるって風変わりの家系だろ? 特にそういうのにこだわってないからだろうけど、それ以外にも浮き世離れしてるって言うか変って言うか…、だからほら、まあまあ有名じゃん」


 言いにくそうにしたわりにはしっかりはっきり変だと口にするサラザールに呆れた視線を向けると、そんなアリアディスにサラザールは悪びれのない笑顔を力なく向けた。


 恐らく彼にとって今言った言葉は純粋な賛辞に違いない。そして何事もなかったように真面目な顔に戻すと普通に続きを口にする。


「このリリアナって人が落ちてきた黒竜をはじめに見つけた人だったらしい。そして竜に魅入られて当時重鎮と名高かった大臣との結婚を直前で反故にしたってんで、当時の社交界では結構話題になっちゃったんだってさ。…悪い意味で」


 伏し目がちに紡がれた言葉に込められた意味は、貴族であれば想像に難くないことだった。


 いくら国を挙げて保護をしているからといって、全ての人間がその事実を好意的に捉えているわけではない。寧ろ反発の方が、数が少ないせいか密度が高い気がして厄介だということも認識していた。


 気に入らないだけの人間や、そもそも動物が嫌いな人間。人間の方が上位種だと嘲る人間もいれば、それらに興味がない無関心な人間。どれをとってもどこへ行ってもこれらがなくなることはないが表立って誰もなにもしないのは、皆が竜を賢い生き物だと知っているからだった。


 自分たちより圧倒的に強靱な肉体を持っている竜種には、人間は武器を持ったって敵う者はほとんどいない。正攻法でいく以上どうしたってここは覆らないことを、せこい貴族達はよく分かっていた。


 だから自分たちの力が及ぶ方を、選んで追い詰めたのだということは想像に難くなかった。


「そんなもののために折角持ち上げた良縁を断ち切った、頭のおかしいやつだって。果てには魔女だ異形だと、あることないことまで言われたらしいよ。…人間の、貴族のすることじゃないってすごい責められたんだってさ。でも、実際にそれをひどく詰ったのは彼女の家族じゃなくて、周りの人間だったらしいけど」


「どういう意味だ…?」


 聞いたことない話に、眉を寄せたのはアリアディスだった。肩を竦めたサラザールは、それ以上口にしなかった。


「さあ? それは僕より君たちの方がよく知ってるんじゃないの。…貴族って、そういうもんなんだろ? 僕が知ってるのは墜落して瀕死だった黒竜を助けたのはそのリリアナって人だったってことだけ。なんでその人が封印なんて施したのか、なんでそんな事が出来たのかも分かんなかったけど………その人、もともとあんまり人前に出るのが好きじゃない人みたいで、深窓令嬢っていうの? そんな感じの人だったんだって。おまけにそんなことがあった所為で、より一層人前に出なくなったって話しらしい。…まあ、おしとやかな深窓令嬢ってのは周りが勝手に付けた印象ってだけで、本当の彼女は結構動き回るのが好きなタイプだったみたいだけどね」


 まるでそれが事実みたいな物言いに、なぜそんなことが分かるのかと思っていると、そんなアリアディスの顔を見たサラザールは苦笑いで補足した。


「だって、本当におしとやかでインドアタイプの人だったら、そもそもあんな谷底なんかに足を運んだりしないだろ。お嬢様なんだしさ」


 たしかにそれはそうだ。まあ、あの従姉妹を見ていると「行動派の深窓令嬢」という不可思議なその言葉が事実だとしても、なんの違和感も覚えない。不思議なものである。


「たしかアストメリアって領地の物とは別に、海辺の町の端っこに別荘を持ってるだろ? 確かずっと昔からアストメリア家と懇意にしてる伯爵家が領主の所だっけ。あそこの人もあんまり彼女のことを知ってる風じゃなかったんだ…。まあ、ずいぶん昔の人だから知らなくても不思議じゃないけどさ…」


「知ってる風じゃないって…まさか、調べに行ったのか?」


 まるで直接話をしてきたような発言に、アリアディスは唖然と口にした。


 あの出不精なサラザールがまさかそこまですると思っていなかったというのもあるが、他家とはいえ親戚の情報を穿鑿されるというのは何とも言えない気持ちになるのだと今初めて知った。


 ちょっと引き気味にそう問いかけたアリアディスをサラザールはきょとんとした顔で見ると、当然といったように頷いて見せた。


「うん、行った。遠かった。すごく遠かった…。でも、そんな遠くに足を運んだのに、大した話なんにも聞けなかった……」


「……」


 そう言って本当に落ち込んだように肩を落としてしょんぼりと俯くサラザールに、アリアディスはそれ以上の言葉が出てこなかった。


 呆れたのもあるが、そこまでしたのになにも得られなかったと落ち込む様を見ると少しかわいそうに思ってしまったのだ。年よりもずっと幼く見えるその容姿がそう思わせていると分かっていても、思ってしまうのだから仕方が無い。


 まあ彼の言う「そこまで」というのは、常人にしてみたらそこまでのことではない。ただ外に出て足を動かしただけだからだ。


「…というか、話を聞くだけなら別に別荘まで行く必要はないんじゃなかったのか? 普通に王都にある生家に直接聞いた方が早いだろう?」


「……。それ、僕みたいな平民が平気な顔して出来ることだと思ってるんだったら、認識を改めた方が良いと思うよ、侯爵様。いくらアストメリアの人が風変わりでも、ご先祖様のことを教えてくださいって言う赤の他人に、快く素直に話してくれるわけないだろ」


 呆れたように胡乱な目をしたサラザールは、アリアディスの疑問をばっさりと切って捨てた。


 なるほど。自身の行動は不審を買いかねないほど逸脱したことをだという認識はあるらしい。


 まあアリアディスの意見としては、あの家の人間なら普通に教えてくれるのでは? という疑問が普通に消えないのだが。――それくらい、アリアディスの目から見てもあの家の人間はいろんな事を気にしないのだ。サラザールがそれを知らないのは当然といえば当然だが。


 時には自分の家に張り付くその異質さを利用している節さえ感じるときがあって、正直アリアディスはフレディだけでなく彼女の親御もあまり得意ではなかった。というよりも、最早こうなってはあの家の遺伝子が苦手だと言っても過言ではないかもしれない。


 まあ、その異質さがあの家の人たちの良いところでもあるとは思うのだが。


「それに彼女…リリアナは王都の屋敷では暮らしていなかったらしい。ある時を境にずっとその別荘で暮らしていたって話だよ…っ?」


「……」


 じっと黙って向けられる視線にサラザールが視線を上げると、睨んでいると言っても過言ではないくらい難しい顔をしたサンディアルトがいた。


 それを自身の行動に向けられた怒りだと思ったサラザールは、怒られると思って何か言われる前に弁明した。


「な、なんだよ。言っとくけど、調べたって言っても町の人にちょっと話を聞いただけだし! 屋敷の人に直接接したりしてないし、こそこそもしてないし…!」


 半ば混乱気味に目を回すサラザールに、サンディアルトはふと真顔に戻る。なにをそんなに慌てているのかと疑問に首を傾げた。


 そんな事を詰るつもりもなければ問い詰める気もなかったサンディアルトは、そのことは取りあえず横に置いておいて自身の疑問を口にする。







 

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